今、僕が書こうと思っていることは、個人的なことである故、
この手紙を読んでくれる方の中で、僕に親しみを感じる人がいれ
ば、その人に、僕が最近考えている本音をそっと打ち明け、何か
思うこ ....
信号が青になり
「通りゃんせ」の唄が流れ
人波に紛れ横断歩道をわたる
若い市議会議員はひたむきに
「よろしくお願いします!」
そ知らぬ顔で通り過ぎゆく人々に
自分の顔がにっ ....
日中というものは
人前で働く時に
何処か怒った風貌でいるのです
そうでもせぬと
いつも背後に立っている
怠けた腕をなよなよ伸ばす
自分の影の手招きに
ずるずる
引きずり ....
数日後
フランスへ旅立つ友の
亡き母親の面影を
就寝前
闇の天井に想い浮かべる
「 わたしがほんとうに
求めるものは、何でしょう・・・? 」
胸に手をあて念じ続 ....
うつぶせに寝る
一週間分疲れたからだを
ほねつぎの先生は
大きい手の親指で
ぐぃっ ぐぃっ
とのばしてくれる
「 マッサージしてもらい
すじがのびると
....
パソコンの電源を落とした
画面の暗い鏡に
カーテンを閉めた隙間から
入る一筋の日射し
うっすらと照らす
ぼやけた私の白い頬
暗い鏡に映る自画像の
背後の壁に
風にたなびく ....
椅子の並んだ暗い部屋
映写機の背後に立つ人が
かちっとスイッチを入れる
闇をつらぬくひかりの筒
スクリーンに映し出す
交差点を行き交う
無数の人々の足
試写室の ....
建築中で骨組みの
家の前で
彼はぼうっと立っています
皆それぞれ忙しそうに
柱の上や足元で
とんとん釘を打ってたり
しゅっしゅとカンナで削ったり
重いバケツを運んだり
....
{ルビ呑気=のんき}な仮面を被っていても
ほんとうは
わたしもあなたとおんなじように
ひとつの大きい影を背負って
流浪の旅路を歩いています
木造校舎の開いた窓に
手を振って ....
今にも崩れ落ちそうな
{ルビ脆=もろ}いわたしの内側に
いつまでも崩れずに立つ
たったひとりの人がいる
これは一体誰だろう
心から重荷を取り除けない
無気力な秋の日
よい本を探しに本屋へ歩く
背後の空から
何者かが舞い降り
わたしの髪にのったので
{ルビ咄嗟=とっさ}に手を出し振り払う
....
わたしは怠け者であるゆえに
連休前に風邪をひき
おまけの休みの時間のなかで
らんぷ一つの寝台によこたわり
両手に持った本を開いて
在りし日の
詩人の哀しみを読む
....
らんぷ一つのテーブルに
湯飲みはひとり
ねじれた影をのばして立っている
窓の外から聞こえる
鐘の音や鈴虫の唄
歪んだ唇を開いた{ルビ縁=ふち}からすいこみ
器の形のままに入 ....
昨日は忙しい時間に
トイレに座らせたお婆ちゃんの
下ろしきれなかったパンツが
お尻と便座に挟まって
無理に脱がせると
びりり
両手で持ったパンツには
小銭の穴が ....
異国へ旅立つ
彼の背中を
小さい額の中から
いつまでも
亡き母はみつめていた
手前に置かれた花瓶の百合は
あふれんばかりに咲き乱れ
いくつかの細長い{ルビ蕾=つぼみ}は ....
信号が赤になり
車を停めると
予報外れの雨粒を拭う
ワイパーの向こうに
頭を霧に覆われた
高層マンション
霧のちぎれる間に覗いた
バルコニー
干されたままの布団がひと ....
自分の名前を忘れてしまった
お婆さんのお尻を
「よっこらせ」
と抱えながら
車内の椅子に乗せた後
息子の嫁さんが
「これ、ありがとうございました」
と透けたビニール袋を手渡し ....
ぎらぎらと
眼の光る犬が
飼い主に首輪をつながれ
通りすぎた
わたしもあんな眼で歩き
いつも空から{ルビ観=み}ている飼い主が
今日という日にそっと隠した
見えない宝を ....
捨てられた便座の{ルビ蓋=ふた}が
壁に寄りかかり
{ルビ日向=ひなた}ぼっこしている
日射しを白い身に浴びて
なんだか
とても幸せそうだ
見上げた秋の夜空に昇る
丸い月の下を
千切れ雲は{ルビ掠=かす}めゆく
光に浸した綿の身を
何処かへ届けるように
月明かりに照らされた
十字路に立ち止まり
マンホー ....
早朝、床に坐り
瞳を閉じるマザーは
今日の路上で出逢う飢えた人と
お互いの間にうまれる
あの光で
幸福につつまれるように
無数の皺が刻まれた
両手を合わせる
身を包 ....
コンクリートの壁に囲まれた
独房のような病室のベッドの上
路上に倒れていた男の
ふくらはぎに密集して肉を喰う
すべての虫を布で拭き取る
白い服の老婆
「 マザー・・・
....
朝食をとるファーストフード
一年前はレジカウンターの向こうで
こまめに働いていた
君の姿の幻を
ぼんやりと夢見ている
その可愛らしさは
指についたシロップの味
今ここに ....
先週皮がめくれてた
お爺さんのお尻の傷を
トイレの時に確認したら
するりときれいになっていた
看護婦さんもやってきて
「先週塗ったわぜりんが効いたのね
わぜりんは、いい奴 ....
早朝の{ルビ人気無=ひとけな}い聖堂で
十字架にかかった人の下に{ルビ跪=ひざまず}き
両手を合わせる
マザーテレサのように
つらぬかれたこころがほしい
修道院から
何も持た ....
店内に置かれた
壊れた自転車の傍らに
しゃがんだ青年は
工具を握る
「 本屋さんはどこですか? 」
歩道を通るわたしの声に
こちらを見上げた青年の
汚れた頬に
....
小高い緑の丘の上
地面を離れ
羊が宙に浮いていた
大きい背にのる子羊は
仰いだ空から降りそそぐ
見えない言葉を
浴びていた
家族による暴力で
老人ホームに来るごとに
体中の傷がどす黒くなってゆく老婆
国も
市も
施設も
ケアマネージャーも
ヘルパーも
一介護職員の自分自身も
手を差し ....
不器用な自分という役を
脱ぎ棄てたくなった夜
無人のバス停のベンチに
重い腰を下ろし
虚ろな瞳を見上げると
( お気軽に )
壊れた電光看板の
止まったままの赤文字 ....
誰も知らない薄闇の部屋で
鏡を見ると
虚ろな瞳で呆けた人が
消えかかった足で立っている
虚ろな人の背後に現れる
黒布で覆い隠しにやける
{ルビ朧=おぼろ}な{ルビ髑髏=どく ....
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