ほんものは
かぜになびいた
いなほになって へりくだる
わたしはいつも
ささいなことでいじをはり
いなほになれず そりあがる
じょうしきてきな
じょうしのこごと
....
机の上に置かれた
飲みかけの水がゆれるグラスに
一粒の太陽がひかる
パスタ屋の2階から見下ろす
銀杏並木の道を
まっすぐに人々は
みえないものに押されるように
それぞれ ....
「 愛してる 」
男が100回言ったところで
女のこころはみたされず
男は花屋へ駆けてゆき
3000円の花束を胸に
女のもとへ舞い戻る
花束を手渡す時に
互いの ....
{ルビ昨夜=ゆうべ}の仕事帰りから
だいぶ冷えこんで参りました
少し背を丸めて街ゆく人のなかに
首に巻くマフラーを風になびかせ
ひとりの老婆が杖をついていました
手袋をして
....
ペットボトルのゴミ箱に貼り紙一枚
「ラベルははがしてすててください」
点線に沿い
びりっとはがそうと思ったら
なかなか切れずにはがれない
意固地な自分を脱がない
がんこ者の ....
目の前に
清らかな川の流れがあった
両手ですくった水を飲むと
足元の小さい花がゆっくり咲いた
村に戻り
壺に汲んで運んだ水を
器にそそいで皆にわけると
口に含んだ人のこ ....
「 誕生 」という地点から
「 死 」へと結ばれる
一本の糸の上を
わたしは歩いている
頼りなく両腕をひろげ
ひとりきりのサーカス小屋の舞台上を
よろよろつなわたる道化とし ....
朝食のバナナをほうりこみ
口をもぐもぐさせながら
ねぼけまなこで
汚れた作業着をはく
ポケットから取り出した
昨日の悔しい仕事のメモを
丸めてゴミ箱にすてる
窓から ....
その頃田舎で独り暮らす老婆は
畳の部屋で湯飲みを手に
炬燵の上に置いた
一枚の白黒写真をみつめていた
身に纏う軍服と帽子の唾下から
時間を止めたまま今も微笑む
あの日の息子
....
江ノ電の窓辺に{ルビ凭=もた}れ
冷たい緑茶を飲みながら
ぼうっと海を見ていた
突然下から小さい手が伸びてきて
「かんぱ〜い」
若い母の膝元から
無邪気な娘がオレンジジュー ....
彼は文学館の一隅に再現された、今は亡き作
家の書斎に立っていた。木目の机上には白紙
の原稿用紙が一枚置かれ、スタンドの灯りに
照らされていた。
まだ ....
視界に入った
地面の上の
{ルビ蟷螂=かまきり}に
思わず急ブレーキを握り
ペダルを止める
足元に
身じろぎもせず
老兵のように
土色に身を溶かした
秋の蟷螂
....
昨日のゴミ置き場で
幸せそうに日向ぼっこしていた
白い便器の蓋が
今日は無い
腰を痛めて十日間
介護の仕事を休んでいたら
先月の誕生会で
目尻の皺を下げていた
....
昼寝から目を覚まし
休憩室から職場への
一本道を歩いていると
路面に置かれたひとつの石は
忘れられてもなぜかまあるく
不思議とぼくを励ました
{ルビ雀=すずめ}の親子が列になり
1・2・3・・・
路上のひなたに
小さい影が跳ねている
藍色のカーテンを
閉め切った部屋で
スタンドの灯りに
照らされた机に向かい
すれ違うこともないだろう
百年後の誰かに手紙を書いた
万年筆を机に置いて
深夜の散歩に出かけると ....
わたしという
一人の凡夫は
目には見えない
風の絹糸で
見上げた夜空に星々の巡る
あの
銀河のメリーゴーランドと
繋がっている
「 あさって帰る、戸締り頼む。」
親父の書いた太い字の
メモはテーブルに置かれ
日頃にぎやかな
家族みんなは婆ちゃんの
米寿の祝いで熱海に行って
ひっそりとした家の中
....
老夫の胸に
長い間蓋を閉じていた
遠い日の戦
時折今も夢に見る
モノクロームの場面
白飯を掻きこんだ後
張り詰めた空気の部屋で
就寝前
心細く母のことを語らいながら
....
ふいに目の覚めた深夜
妻の亡いひとり暮らしの老夫は
布団から身を起こす
サイドテーブルに置いた
リモコンを探りあて
ボタンを押す
テレビに映し出された
モノクロ画面 ....
旅先の古い駅舎の木椅子に座り
彼はなにかを待っている
別段何があるでもなく
時折若い学生達の賑わいに
花壇の菊の幾輪はゆれ
特別おどろくこともなく
杖の老婆はゆっくり横 ....
腰を痛めて休養中のある日
一本の万年筆を右手に持ち
ノートを開いた
机に向かっていた
窓の隙間から吹く風に
浮かび上がるカーテンの
見上げた空にはいつかと同じ
つばめの群 ....
鼻をかもうと
男便所の扉を開けたら
トイレットペーパーは
三角に折られていた
便器を囲む壁に取り付けられた
ベビー用の小椅子には
説明シールの絵が貼られ
腰を丸めておじぎ ....
ほねつぎから帰った祖母が
我家の壊れたインターフォンに
「故障中」を貼ってくれと
ガムテープをさしだした
腰を痛めて休養中のぼくは
マジックで「故障中」と
力強い字で書いて ....
雨の日にモーツァルトの{ルビ弾=ひ}く
ピアノの単音を背後に聞きながら
今頃声をかけあい
ひとりの老人を介護する
同僚達を思い出す
{ルビ忙=せわ}しい職場を離れ
こうして ....
棚の上に置かれた
小さい額の中は
去年の祖父の墓参り
過ぎた日の
こころの{ルビ咎=とが}を忘れたように
墓前で桜吹雪につつまれ
にっこり並ぶ
母と祖母
雲 ....
一日というものが
こわいほど
早くに暮れる
きっと人生は
序章から終章まで
風にめくれる無数の{ルビ頁=ページ}を
一瞬のひかりでつらぬく
一冊の本
一日の終わ ....
「親父はがんもどきだね」
「お前は豆だよ」
「母ちゃんはさといもだね」
「いいやじゃがいもだ」
「婆ちゃんはもはや梅干」
「それはそうだな」
ぱりっとした衣に
じゅ ....
秋の夜の
冴えた月を見ようと思い
夕餉の前に
門を出る
静まり返った虫の音の
時折闇の茂みに響く
川沿いの道を歩く
背後から
車の近づく音がする
ステッ ....
先日詩人の夫婦に会い
日々寝不足の夫の目に
{ルビ隈=くま}ができていたので
妻に「大丈夫?」とメールした
妻の名前で受信した
返事の中味の文字からは
「大丈夫だよ」と
夫 ....
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