夜道に伸びているのは
棒っきれの姿で立ち尽くす
私自身の、影でした。
深夜の川のせせらぎだけが
無心のうたを囁きながら
何処か見知らぬ明日の方へ
流れてゆくのでした
....
一日のつとめを終えた
きゅうすと、湯呑みがふたつ
流しの隅の入れ物に
ひっそりと、身を横たえている。
時計の針は〇時を廻り
初老の夫婦はあどけない寝顔で
薄っすら口を開けな ....
湯呑みというのは
自らの役を心得て
いつ出番が来てもいいように
迷いの無い姿で
すっとそこに、立っている。
踊るように、街を歩くひとがいた。
両手首に輪を嵌めた、杖をつきながら。
僕の肩越しに密かな風をきり
横切った、彼の背中はおそらく求めていない
これっぽっちの、同情も。
不 ....
僕の履いてる靴の踵は
ぽっかり穴が、空いており
電車待ちのベンチや
仕事帰りのファミレスで
片足脱いでは
いつも小石を、地に落とす。
給料日が来るたびに
「今月こそ ....
机の上に、一つの箱がある。
密かに胸の高鳴るまま
蓋を開けると小人になった、
星の王子様が僕を見上げて
「ほんとうに大事なものは、目に見えない」
と呟いてから
煙になって、 ....
くたびれた足を引きずって
辿り着いた我家で
晩飯を食べたら
洗面台の前に凛と立ち
ごしごしと、一心不乱に歯を磨こう。
今日という日の食べかすが
きれいさっぱり消え失せて
....
指紋を眺めると、そこに宇宙があった。切
株を覗くと、そこに宇宙があった。時計を
見上げれば、秒針の音が絶えず響いていた。
日常の風に紛れていつも周囲に渦巻いてい
る、それぞれの宇宙。肩を ....
危険という名の、{ルビ梯子=はしご}の上に
片方のつま先立ちで、両手を広げる
闇の舞台の道化師は、今夜もおどけたふりで
手にしたワイングラスを、こちらに差し出す。
夜の冷たいベランダに出て、丸い月を眺
める。誰にも云えぬ悩みを白い吐息で呟
けば、胸底の容器に濁り積もった毒の塊
が、少しずつ、少しずつ、蒸発し、夜の
静寂に吸い込まれ、いくぶんか、胸の重
....
押し寄せる人波の列の後ろで彼は、ぽつ
んと独り、展示{ルビ硝子=ガラス}の前を移動する人々
の隙間に時折ちらっと見える、聖画の顔
が遠くから、自分に何かを囁く声に、耳
を澄ましていた。驚く ....
世を去った友を追悼して
{ルビ一昨日=おととい}の夜、朗読会の最後に
友の詩集を開いて読めば
何処からか、今も僕等を励ますようで
詩友達は密かな約束を胸に、家路に着いた
昨日 ....
気づいたら、すでに私でした。
鏡に映っている、ひとでした。
産声を上げる場所も
時代も
両親も
自分という役を選ぶ間も無く、私でした。
砂浜を往く、亀に憧れ
黙ってそこ ....
雨の中を走る
新幹線がトンネルに入れば
水滴が、ひとつ
曇った車窓に一筋の
線を、貫いてゆく
旅帰りの僕の
手元に開いた「窓」という本から
語りかける、{ルビ古=いにし ....
鏡に映る、私という人にはすでに
数十億年のいのちの記憶があり
数え切れない先祖達の声があり
鏡に映る、私という人にはすでに
宇宙の初めの爆発と
宇宙の終りの暗闇が
今も密か ....
夕陽の(目)が覗いている
冬の桜の樹の
曲がった枝の、隙間から。
張り巡らされた根の、喰い込んだ
芝生の周囲に
誰が蒔いていったのか
白い御飯粒を啄ばむ
雀等が、音符に ....
鼻の曲がった顔や
頭から花の咲いた顔や
横並びに展示された様々な顔達は
新時代のモヤイ像
小さいギャラリーにふらりと
立ち寄った僕を、和ませる
{ルビ硝子=ガラス}の石の ....
在りし日の詩人は、独り
無人の原野に佇む影となり
夕空に巡る星々を
澄んだ瞳に、映している
(この哀しみの地上こそ、我が故郷・・・)
頭上を掠める鳥達が
翼を広げ、舞い ....
安易なキボウが、風に消える
この糞ったれな世界にて
ぼくは今迄よりも必死に
「ほんとうの答」を探し始めた
古書を開いて捲るほど
文字の無い空白の頁の
左側には、十字架にかけ ....
もし(ほんとうの時空間)を
生きるという選択をするなら
手にした木刀で
目の前の暗闇を、斬る
盲目の侍と、ならねばなるまい。
新たな自己を、生み出すことは
卵を産む、自らの母になる事。
今こそ、明日へと
踏み出すべき足元を、視る。
何者かが引いていった
一本の線の、その先へ。
日々の職場という
あまりに狭い宇宙の檻の
{ルビ戯=たわ}けな猿と化している
自分の姿を
動物園のすべてを見渡す
一本の高い樹に登って眺めれば
思わず、笑ってしまうのだ。
....
日常の道を歩むほど
いろいろな幻影達の呼声が
背後から
細長い腕を伸ばして
追いかけて来る
僕は振り返らずに、往くだろう。
無心に腕を、振り切って。
マッチ一本の夢を、胸 ....
思いの外に、駆け足で
逝ってしまった友の遺影が
ひとりの聖母に視えた時
地上に取り残された者のように
棺の前に立ち尽くす、喪服の僕は
掌をそっと、胸にあてる
絶え間無く ....
大晦日に体調が急変して
救急車の中で息絶えた友の
告別式が行われた一月九日
遺影の中から
微笑む顔も
棺の中に
花を置いても
まるでフィクションのようで
制服姿 ....
ある日マザーテレサは
旅先の列車の中で
(貧しい者の瞳に、私がいる・・・)と囁く
不思議な声を、聴いたという
もし、人生に幾度かの岐路があるとして
私も夜の{ルビ静寂=しじま} ....
哀しい知らせを聞くたびに
世を去る友は、また一つ
残された地上から僕の見上げた
夜空に灯る
大事な、大事な、星になる
そうして僕は
風の姿で吹き渡る
彼等のうたと重なっ ....
私の魂というものは
量りにのせて
測定することはできません
たとえば眠りの夢に落ちる時も
たとえば悲嘆に暮れる日さえも
私の内的生命は
一本の透けたアンテナを立て
....
私が君を知ってから
血管のひとつひとつから
香り高く咲き出るように
この肉体は、花となる
私は歩く
今迄よりも、ほっそりと
今迄よりも、まっすぐに
そうして只
....
ひとりよりもきっと
ふたりきりのほうがいい
ふたりきりよりもきっと
ふたりの間を結んで
黄色いはなうたを
空に奏でる
小さい、小さい
手のひらがあるといい
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