波 1
{引用=寄せてくる
返ってゆく
そのはざまにすべてがあって
あるいは
そこに何も見つけられなくて
寄せてくる
返ってゆく
その現象だけが
いちまいの絵のように ....
夜に浅い眠りを過ごしていると
その夢のなかにどこかとおくの
海の波の ざわめきが入りこんでくる
未来への何かの予兆か
遂げられなかった過去の思いへの悔恨か
そのざわめきはこの脳を支配して
....
この九月に母が亡くなった。二〇〇四年に妹が自死し、二〇一一年に父が病死しているので、五〇年以上ずっと独身のままの僕は、これで家族をすべて失って本格的に一人になったことになる。母は妹が亡くなった直後か ....
私はもしかしたら人ではないのかもしれない
人と人の間に存在を許されるのが人間というものならば
私は人間ではないのかもしれない
私は人と人との関係性の中で生きてはいないのだから
それならば私はい ....
引き延ばされた時のうえに横たわっていた
何度も 何度でも細い管は出入りして
その間何を思うこともなく
何かが出来るはずもなく
ただ横たわって耐えるだけだった
この心臓は何度も死んでは再生 ....
病室の窓から
夜の空を見つめる
何もない
何も起こらない
ただ黒いだけの空を
病院の灯りが反射するなかを
幻想の円盤が立ち止まる
意味ありげに
知性を持つもののように
私にその姿を見 ....
七月四日、入院した。五十五年生きてきてはじめてのことだった。それまでは若い頃に酒の失敗で急性アルコール中毒で一晩入院したことがあるだけで、本格的な入院は初めてだった。いまも病室のベッドの上でこれを書 ....
中庭 1
{引用=
午後の
柔らかい日が射しこんできて
すべてが淡い色のなかに溶けてゆく
地球という中庭
私の心に拡がる中庭
}
中庭 2
{引用=
草をむしる
....
草心 1
{引用=
その薄さだけで
大気にさらされ
風に嬲られる
大気という
混沌の暴力のなかに
その薄さだけで
}
草心 2
{引用=
折れるほどの細さに
....
暮れる
時のなかで
凍土の冷たさの下に
埋められた思惟を思う
それらの骸の無念を
思わずして時は暮れることはなく
それらの物語の無惨を
録せずして時は回ることはなく
それでも日は沈み
....
何かがゆっくりと近づいて来ている。それはやや静かに、それほど大きな音ではなく、それでも耳をすませば確実に聞き分けられるほどの大きさの足音を立てて、僕たちのそばに忍び寄ってきている。人々は早くも悲しみ ....
とどまる 1
{引用=ここに
とどまっていると
裁かれる
変化のない停滞に見えて
それは罪であると
見做される}
とどまる 2
{引用=ここになんとか
と ....
そよぐもの 1
{引用=風にそよぐものが
目に触れると
忘れていたことを
思い出しそうになる
幼い者も
風に吹かれて
そちらの方へ
届かない手を伸ばして}
そ ....
変化 1
{引用=
かたくなな
個であるかぎり
変ることはない
ゆるやかな
流れのごとく
泣きながら行け
夜の空にいっしゅんよぎる
星のように
泣きながら変れ
}
....
とどけるために、思いをこめた言葉は、宙を舞い、無の
なかを漂って、さまよっている。無のなかで、それらの
言葉だけが、有の属性を示している。すべては無なのだ
から、そのなかに有があったところで、意 ....
大勢の見知らぬ人々の中にいた
右も左も定かではない
私と同期することのない人々の中で
求めるものを待ちつづけていた
この見知らぬ運命たちの巣窟に
誰一人として私の運命に関わってこない場所 ....
長すぎる夜に
ほんの少しの朝のきれはしを
しのばせておく
ばらばらになった風景が
夢のなかでぼんやりと
それでも一つに結び合おうとすると
空に向かって曲がりくねりながら伸びて
その先で開 ....
今夜は雨もしとしと降っていて
もうずいぶん遅いから
誰も訪ねてはこないだろう
だから玄関に鍵をかけて
雨や風が外の空気を伝えてこないように
窓もしっかりと閉めて
ひとりで
瞑想するように ....
ここに朝が
ものしずかに
何くわぬ顔で
並びはじめる
暗い間は よくわからなかった
私たちの影が
それぞれにはっきりと
目に見えはじめる
それでもなお影が
あるのは事実ではあるが
....
風が誰かの歌を剽窃するようにして吹くと、地がふるえ
て滑る。それはその上に立っているだけの人々が、私た
ちは何者なのかという疑問をいまだに捨てきれないこと
と、相似を成している。一寸ばかりの地虫 ....
私たちの それぞれの思いは
どこまで届くのか あるいは
どこまでしか届かないのか
羽根のように
世界中の空に
いくつもの思いが飛んで
散らばっていった
白や黒や灰 あるいは孔雀の羽根 ....
思えば、あの頃からいつかこうなるのではないかと、漠
然と予期していたのだった。あの頃、俺がまだ若くて、
日常の懊悩や苛立ちや、燃えやすい枯れ枝のような未熟
な考えを持て余していた頃から、いつかこ ....
街をつめたい風が吹き
あたりが暗くなって 物のかたちが歪んでくると
人さらいが暗い影とともにやってくる
街外れの電燈もまばらな古い家々のどこかで
妙な臭いの鍋がぐつぐつと煮られ
風に乗ってど ....
{引用=
――水道橋、詩の練習
}
つないでゆく
これから来るもののために
それを信じて
つないでゆく
見極めて
(生き急ぐことなく)
後の者のために
いまこの場所に立 ....
さん、らん、する、さん、さん、と降りそそぐ、ひかり
の卵、ひかりが、生み、落とす、きのうへの、あしたへ
の、記憶、あなたがいない、そのことのために、はつね
つする、記憶、、、さん、らん、する、さ ....
ひらかれたまま
あつめていく
私に似たものを
私に似ていないものを
あつめて
もやして
ふたたび解き放つ
それらはすべて
私ではないもの
それでいて
私をかたちづくるもの
すでに ....
眠れ
眠れ
いまは
亡き者よ
眠れ
遠くへ
遠くへ
行って
そこで
眠れ
もう
帰る
ことの
ない
遠くで
眠れ
眠れ
....
その日、私ははじめて人の死体
を見た。いまからおよそ十年前、三月二十六
日の金曜日のことだった。もちろんそれまで
にも祖父や祖母のそれぞれの葬儀に立ち会っ
たことがあるが、その時に ....
私の石はいま
眠っている
眠りながらも
あなたに関する記憶を育て
あの日と それにつづく日々を
絶対性のなかに閉じこめている
それほどに強い
あの日の記憶
どんな時間が私の上を
通り ....
十一月の、乾きであるか、渇き、でもあるのか、赤く褪
色した掌が群れとなって、落ちて、いて、旋回する散歩
道、であった、十と{ルビ一月=ひとつき}の、時間の名、のなかで、吠え
る犬とすれ違う、犬と ....
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