とどける
岡部淳太郎
とどける。せかいのどこかでいきをころしている君の
ために、ひとつのうたをとどける。君がなにものなの
か、だれにもしられていなくて、しられていないこと
は、みたことのないけむりのようなかいかんでもある
のだが、君はそんなことよりも、もっとはやく、もっ
とはやくと、ゆっくりとあせっている。まどがらすの
いやなおとも、といれをながすときのすっきりとした
たっせいかんも、君はわすれて、じぶんのかおからひ
ざまでのきょりをはかっては、むしをつぶすようにひ
とつずつたんねんにいきをころしては、それをかぞえ
あげている。あるいはほされたらじおの、よるのでん
ぱのかなたに、けんそうのせんそうじみた、あさのぐ
んぶのなかに、君はいるのだろうか。君のいばしょを
どんなひともしることはないのだから、君はあんしん
して、おもうぞんぶんたっぷりと、あおざめることが
できるのだ。せかいのどこかでころしたくなかったい
きをつぎつぎにころしながら、すべてをながめている
君よ、きこえるか。うたが、きこえるか。君のための
うた。あるいは、君のためにならないうた。君はもう、
どんないきもころしたくない。それらのいきのしがい
のなかで、うもれていたくない。君よ、きこえるか。
とどける。こうして、とどけている。うたを、君のさ
ばかれることのないささやかなつみとおなじようにひ
そやかな、ひとつのうたを。とどける。きこえるか。
(二〇〇六年十二月)
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散文詩