虫の女王
佐々宝砂

蚊柱の中でこぼこの肌さらして立つ
蚊よ虻よ好きなだけ
私の血を吸うがいい

痒みならば感じることができる
傷を癒やすためにではなく
傷口を広げるために
ふたまたにわかれた赤い舌が
私の傷をなめた
あの感覚はもはや遠いが

酸っぱい雨のなか
私はひっそりと焚火をする
虫が求めるままに焚火をする
明るく輝かしい炎でないのが悲しい
虫は不満かもしれない
私に提供できないものは多いのだが
虫は私を買いかぶりすぎる

もうじきに夜が明けるだろう
天幕を張るな
薬を撒くな
そんなことをせずとも虫は死ぬ
私が殺す
そして君たちが残るだろう
無臭の花咲き乱れる楽園は君たちのもの
虫一匹いない清潔な楽園は君たちのもの
安心しておいで
その楽園に蛇は現れない
蛇が這いいることはない

虫よ
光と熱に恋する闇の生物よ
炎に飛びこんで身を焼け
身を焼いて光と熱そのものになれ

私は虫の女王
蝿の蚊の虻のゴキブリのダニの蛾の女王
食らわれるため生まれた生き物

けれど

私を食らう前に虫の王たる蛇は去り
炎に身を投げることも許されぬ私は
虫のために
あたう限り長く焚火を続ける


自由詩 虫の女王 Copyright 佐々宝砂 2006-08-06 11:23:17
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