イノウエさん80歳
大西 チハル

同じ病室のイノウエさん80歳は
背筋がピンと伸びていた

検査入院で退屈だからと
廊下で体操していた
ら、
やっぱり、看護婦さんに怒られていた

イノウエさん80歳は
80年生きてきて
生まれて初めて入院したと笑った

イノウエさん80歳は
僕の見舞いにきた彼女をナンパしていた

イノウエさん80歳は
点滴と副作用で動けなかった僕の
お膳を下げてくれた

イノウエさん80歳は
点滴と副作用で動けなかった僕に
長い長い昔話をしてくれた

それは少し鬱陶しくて
とても優しかった

戦争に行って死ぬことは怖くなかった、と
死ぬことは名誉だ、と思っていた、と
それはヒナのすりこみのようで
小さい時からそういう風に思うことを
あたりまえだと教育されたから、と

でも今は生きてて良かったと心から思える、と

そうですか、イノウエさん80歳
具合悪くて(じゃなくて)泣きたいんですが
僕、今とても泣きたいんです

若いもんがかわいそうにがんばれ

いいえ、
僕はかわいそうではなくて
イノウエさん80歳、
かわいそうですか、僕は
泣いている僕はかわいそうに見えますか
病気の僕はかわいそうに見えますか

イノウエさん80歳、ありがとう

イノウエさん80歳、
病気の治る確率80%と医者に言われたけれど
80%、上等、残りの20%は大好きな焼酎で治す
そう言ってガハハと笑った






自由詩 イノウエさん80歳 Copyright 大西 チハル 2006-05-25 10:02:05
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