真昼の入浴 〜デクノボウの休日〜
服部 剛

幸せは一杯の紅茶 
飲み込めなかった昨日の苦さに 
ひとさじの砂糖を溶かす 

幸せは真昼の入浴 
日常のあかに汚れた心身こころみを 
泡立つタオルで浄い落とす 

幸せはきっと 
遠い日に破れた恋文 
いつまでもこの胸に 
手の届かぬ天使の美しい面影おもかげ 

幸せはきっと 
やかんの頭を沸騰ふっとうさせた 
卑小な敵をそっと自らのふところに入れること 
彼は深夜の鏡に映る私の分身 

真昼の湯舟にかりつつ 
薄黴うすかびの生えた天井へ昇る湯気ゆげが 
ルート の形となる時 
一月ひとつき前に見た映画館のスクリーンの中で 
ほうけていた数学博士が 
閉じた私のまぶたの闇に
白いチョークで √ の文字を書く 

( √ はね・・・
( どんな者も排除しない 
( 全てをかくまう優しい記号なのさ・・・ 

博士の古びた引き出しに 
「 雨ニモ負ケズ 」の紙切れ一枚 
死後に発見されたという 

デクノボウになりきれぬ 
半端はんぱ者のデクノボウは 
休日 
真昼の湯舟で暖まり 
瞳を閉じて 
かたまっていたからだをのばす


  * この詩は一部、映画「博士の愛した数式」
   (原作 小川洋子 著作は新潮社刊)を参考に書きました。




自由詩 真昼の入浴 〜デクノボウの休日〜 Copyright 服部 剛 2006-03-10 19:12:06
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