名乗りについて(二流詩人7つの条件補遺1)
佐々宝砂

「私を束ねないで」と書いた詩人・新川和江のことが私は大好きだけれども、あの詩はあんまり好きでない。束ねたければ束ねればよい。名付けたければ名付けてかまわん。カテゴライズしたけりゃ好きにすりゃいいじゃん。束ねられても名付けられても分類されても私は私だ。私は、自分の小詩集「マルメロジャムをもう一瓶」のなかで「あたしを再び望まぬ名で呼ぼうとするならば/あたしはあなたがたに爪を立てよう」と書いたが、ああいった抵抗は、正直言って古いもの、母の時代の民主主義の産物だと思っている。あの詩に書かれた思想は私の母たちのものであって、私のものではない。なんとなく念を押しておかねばならない気がするので書いておくが、自分のものではない思想で詩を書いたってかまわないはずだ。少なくとも私はそう思っている。そうそう、もひとつ念を押しとかなきゃならないなあ、「マルクス主義フェミニズム」と「マルクス主義」は別個のものですよ。

てな感じでここまでまえおき。名乗りの話をしよう。

私は結婚して十年になる。思うところあっていまだに旧姓を使っている。しかし私は夫の姓でも呼ばれる。最初はいやだったが、近頃は気にならなくなった。京極夏彦の小説を読んでいてふとあることに気づいて、考えを改めたのだ。どんな名前で呼ばれようとも、私は私で私の本質は変わらない。だからどんな名前で呼ばれても、私はとやかく言わない。勝手に呼びゃいい。だが、そうは思っても、私は夫の姓を名乗らない。私は自分の姓が好きなのだ。自分の好きな名前を名乗る自由を奪われると、私は自分の本質をおびやかされるような気がする。夫の姓で呼ばれることと、夫の姓を名乗ることは、一見似ているけれど明確に違う。

名乗りとは、自分自身を名付けることである。自分を定義し、自分の枠組みを決定し、自分を他の存在から区別し、「私はこういう存在なのだ!」と外部に向かって誇り高くアピールすることである。つまり、名乗るとは、オトナになるということだ。アイデンティティーを確立することだ。アイデンティティーの確立がなされていれば、ひとは他人の言うことをたいして気にしない。他人にとやかく言われても自己をおびやかされないので、自意識過剰にはならない。「自意識が強い」という状態は、「自分がどう受け取られているか、ということを(やたらに)気にする状態(態度)」(新明解国語辞典)のことであって、むしろアイデンティティーが確立された状態の対極にある。

名乗りは自分の限界を定めてしまうことでもあるが、限界を越えちゃいけないというわけではない。名乗り以上に成長して、名乗りが幼稚になってしまったら、成長に応じて名乗りを変えればいいだけのことだ。昔のひとはそうしてきた。そもそも「名乗り」とは、昔々、貴族の成人男性だけが特権的に持っていた実名のことである。子どもは名乗る権利を持たなかった。まして女は、オトナであれ子どもであれ、名乗ることができなかった。だが、今の時代、戸籍名は別として、誰だって自分の好きな名前で名乗ることができる。少なくとも、ネットの上では。自分に名前を付けては剥がし、付けては剥がし、そうやって今の子どもたちは成長してゆくのだろう。

私もその権利を使いまくり、自分のプロフィール欄に自分の名乗りを列挙している。現時点では、「H氏賞より異形コレクション掲載を夢みる徒手空拳の赤貧三流怪奇詩人。自称ネット詩界のエド・ウッド。胎児性SFマニア。後天性怪奇ファン。粋な旋盤工に憧れる工員。マルクス主義フェミニスト。メガネ属性。高橋源一郎のミーハーなファン。山田風太郎を熱烈尊敬。ドアーズの激烈信者。しかしてその実体は虫愛ずる…ひ…ひ…姫君とはもうとても言えねえ(笑」とゆー存在が私だ。これらの名乗りはどんどん変わる。増殖したり減ったりする。それも当たり前で、私はどんどん変わっていくのだ。変わっていくから名乗りも変わる。

しかし名乗りがどんなに変わろうとも私は私である。その事実に変化はない。名乗りとはそういう性質のものなのだ。



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次回は「名付け」について書きます。つか予告してよいんか私、「たもつさんの詩の印象」もまだ書き上げてないし、蘭の会の月例詩も書けてないし、それよりおーい、米といでなかったぞ、うわあっ。


二流詩人7つの条件
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補遺一覧
名乗り http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=4184
名付け http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=4191
カテゴライズ http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=4652



散文(批評随筆小説等) 名乗りについて(二流詩人7つの条件補遺1) Copyright 佐々宝砂 2003-12-10 01:41:56
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