眠るジプシー女 ~Linda Ronstadtに
カワグチタケシ

朝が昼になる瞬間に
日向と日陰の境目で生まれた私は
市街地と砂漠のきわで育った
砂漠ではたくさんの流れ星を見ることができる

気をつけて
と言われて
気をつける子どもはいない
夜に裸足で砂漠を歩いていたら
貝殻の鋭利な先端で土踏まずを切った
海からは何万マイルも離れているのに
誰かが捨てた牡蠣殻は
私の土踏まずを薄く裂いた
砂漠で蠍に刺されるより痛くはなかったが
細い傷口から血が止まらなかった

家に帰って私は
傷口を洗った
砂漠の砂は清潔だった

きっと、
という言葉の切実な響きが好きだとあなたは言った
きっと、
にはときどき、
いつか、
がついている
いつか、
の遠さに目眩を覚える

私はカレンダーガール
私はミスアメリカ

疲れた男が冬の地下鉄で眠っている
くるぶしに貼られた絆創膏の下だけあたたかい
その小さな面積を思う
眠っている男が
熱いコーヒーか誰かに
あたためたられたらいい
地下鉄が早朝の地上に出る
私は甥を思い出す

私は内から出るものに制約され
もう小鳥がさえずるように上手に歌えない
私の歌は夏のカウチで声になる
夏の地球で
夏の大気をふるわせて

 


自由詩 眠るジプシー女 ~Linda Ronstadtに Copyright カワグチタケシ 2023-12-16 10:14:42
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