草上の昼食 ~Janis Joplinに
カワグチタケシ

ジャニス、ジャニス、と
私を呼ぶ声がする
呼んでいるのは年老いた私
誰にも抱擁されず
誰にでも抱擁されたかった
年老いた私

二階の足音が聞こえる
一度あったことは忘れないものさ
ただ思い出せないだけで
二階の足音が聞こえる

窓ガラスに額をつけて
雨が降るのを見ていた
私はもう充分に大人だった
大きな声で叫ぶこともできた
泣くことも
はにかんで笑うことさえも

夜になると窓のブラインドを降ろし
街の灯りを遮断する

ゼルダになってスコット・フィッツジェラルドに出会いたかった
ずっとビートニクになりたかった
ビートニクになって人生を楽しみたかった

クライベイビー
泣いている赤ん坊
あるいは泣き虫
はじめて感じた痛みを憶えている?

ミスディオールの香りをまとった
ナタリー・ポートマンが
色とりどりの花の咲き乱れる
草原に寝転んで
歓喜の表情を浮かべる

すり減った靴底の砕片を
地球のどこかに落としてきた
年老いた私は
液晶ディスプレイに咲き乱れる
色とりどりの花に目を奪われる

クライベイビー
私はいつも恐れていた
その恐れを熱に変え
光を放つまで研磨した

クライベイビー
私がいつも夢見ていた
草上の昼食は
ついぞ叶うことがなかった

クライベイビー
その夢を叶えたのは
暗殺者が生命を賭して守った
おかっぱの小さなマチルダだった

 


自由詩 草上の昼食 ~Janis Joplinに Copyright カワグチタケシ 2023-12-02 16:55:58
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