快楽を乗せて
ただのみきや

落胆を胸元からのぞかせて
あやめ色
切る風もなく
地をつたう眼差しに
まろぶ木漏れ日
翅ふるわせる
仰向けの蝉の腹は白く

罌粟のつぼみ
空き家の庭でふくらんで
子音がとける死んだ子の
唇に 指をあて
見開いては溺れ
 瞑ったまま取り残される



 は まだ雲に隠れて

樹液は祈る
青白く倒れた人の口に活けられて
 ボタンだらけの影の蛇腹を
撫するように奏でていた
笑いが屋根をつたう
鳥たちに啄まれながらも
激しく苦しく嚙み殺すように

  *

比喩こそ本質
事物は表層の暗い包み紙にすぎない
新聞紙でつつまれた生肉
わたしの脳と彼女の心臓
滲み出すたましいの残滓

きみを辿ることの愉悦 
その靴跡に自分の靴を重ねることの
だが荷車の轍に興味はない
大切なものは荷車の上にある

多くの者が生活の労苦を
仕事や家族に関わる責任を
そしてそれらの不安や不満を
重い荷物のように言いたがる
だがそれは荷車の重さに過ぎない
荷車の上にあるものに重さなどない

わたしの荷車の上には
一人の白痴の少女が乗っている
座敷牢から出たばかりの
彼女は妊娠している
彼女のつま先で蟻が文様を描いている
淫らな曼荼羅
音楽と煙の
 彼女は言葉を発しない
彼女は人目を引き付ける
奇異なもの
異質なもの
不気味なもの
なまめかしく
美しく
無邪気で残忍
なにもわからない
わからないから引き付けられる
わかったふりして指差し笑う者もいる
わかったことにしたくて理屈をつけて

わたしは荷車について語らない
その轍についてあれこれ話すことも
荷車の上にあるもの
それについて話したい
比喩こそ本質
事物は表層の暗い包み紙にすぎない

  *

風がよそよそしい
裂けたシーツのような日差しの中
夢の油膜にふくらんだ目で
ゆれるブタナを食んでいる
 失くしたものを数えようとして
なにも思い出せず
なんどもなんども
折っては開いた千代紙のように
 顔を失くした集合写真
鏡の中の自分すら捕まえられず
かすめる羽音にうなじをあずけた
快楽 片言の



                 (2023年6月10日)










自由詩 快楽を乗せて Copyright ただのみきや 2023-06-10 13:44:56
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