転生の樹
ただのみきや

あこがれとあきらめは一本の棒の両端だ
わたしはあきらめを手に取って
虚空の真中を指し示す
逆ではだめだ 間違っても
あきらめこそがあこがれを純化し
手遅れだからこそ輝きは増し加わる
処刑台のから見えるはずのない丘
青春の日々 初恋の面影
記憶が焼けて灰になるぼど
美しい 庭園で待つ人よ
 
  *

古風な幸いが葉桜の下で膝を折る
やっとここに来れたのだ 
花びらは涙のよう
風呂敷をほどく
黒塗りの三段重箱
ああわたしの夢想 美しい生首は
腐り果てた現実となって腐臭を放っていた
この膝こそが祭壇だったのに
いま花びらは血の涙
二羽の鶺鴒が追いかけ合って∞を描く
稲妻のように素早く
だがことばは鈍重だ
理屈に支配されて
本音と建て前のスプリットタン
そんなことばをつなぎ合わせて
時間を行き来して来たのに
ああ膝枕藤の花
わたしを見下ろす白骨の人

  *

昨夜の酒がすっかり抜けて
頭の中がすっきりしている
痛みはどこかに必ずあるが
いつもは大体わすれて歩く
天気が良ければ仕事も楽だ
陳腐なことばをつないでみるか

わらべの声がどっからかして
あまたのことがはっきり見えた
悩みはいつでも必ずあるが
水面に正体映して笑う
タンポポ避ければ人にぶつかり
啖呵の後にはしどろもどろに

  *

ふるさとは風の中
ラジオから流れる古い歌の中
色の滲んだ一行の詩の中
グラビアモデルの下着の中
そう ふるさとはどこにもない

地平線は悲しい
どこまでいってもとどかない
地続きに見える理想との永遠の乖離

ほらあそこ
あこがれとあきらめが引き裂かれまいと手を取って
互いの血をめぐらせる
凍てつく冷気と灼熱の

土に生きる者
受け継がれた大地に自らの血の故郷を見出せばよい
家系を尊ぶ者はその血脈に

満ちては欠ける時代の船に乗る者よ
おまえは平面に縫い付けられた結び目のひとつとして
文化を故郷として血を否定せよ

だがふるさとのない者よ
万物が悪戯に誘いかける
そのまなざしにその声に
内側の扉が開いたなら

鳥の血よりも素直に
魚の涙よりも滑らに
逃げ出すといい
ひとつの白痴の石として
置かれるとよい みずからの場所
虚空の天元へ

死はふるさとではないが
その幕間は未知なるなつかしさ
咲いて乱れて心地よく
狂え 存分に 狂え

  *

時間はゆれていた
雨をぬぐって
息を返して
きれいに包装された誰かのわがままが
一羽の雲雀と心臓を共にした
菖蒲が濃い 
むせるほど
振り返れば凶
耳を描いて
くちびる滲ませて
途切れてゆく
指先の愛した輪郭

  *

低く飛ぶ鳥 鳴かぬ鳥
影を慕って追いかける

足を切られて地に降りられず
無窮の汀に見る夢は
日向の叢その中の
囀り合ってる卵たち

低く飛ぶ鳥 鳴かぬ鳥
影に恋して地に落ちた

ガラスの空に押しつぶされて
日差しに首を刎ねられる
赤い夢 赤い影
赤い卵が鳴いている

  *

口琴の音に片耳およがせて
猫は瞑ったまま僕の中にいる
五月のよく晴れた日
捏造された記憶の陽だまり

  * 

奏者の指が弦を震わせる
するとその震えは空気を伝い
皮膚や鼓膜を震わせて
聞く者のこころを震わせるのだ
奏者のこころは震えていたか
否 ただ記憶だけが
湖面の月のように揺れるだけ
孵った後の卵の殻や
蝉の抜け殻のよう
楽曲の幽霊が吹き抜けるだけ
ただの壊れた入れ物だった
情熱なんてとっくにすべて
曲に溶け出し流れ出し
なにひとつ残ってはいない
すべて楽器はうつろの器
奏者もうつろ 霊の器

  *

白蝶の群れが舞う
日向の叢
二本の灌木の辺り
近づいて見ると蝶は奥のツツジには寄り付かず
手前の木にばかり止まり
その周りを舞っていた

目を凝らすと
花も葉もないその黒い木は
蝶の蛹とその抜け殻で埋めつくされている
モンシロチョウとは違う
エゾシロチョウの黒く斑な蛹
そしてそんな蛹と抜け殻の間を
いっぴきの幼虫が不器用に徘徊していた

どの世界にも出遅れるやつはいる
仲間たちの蛹と抜け殻そして
白い翅で空を舞う姿は
その眼にどう映ったか
狂おしく内から突き上げる欲求と
目の前に展開される不可能性との間で
複眼により倍増されるその光景は

蝶たちは枝にとまり
ぬれた翅をかわかして皺を伸ばし切ると
そよ風を相手にダンスのレッスン
すぐにでもパートナーを見つけるために
真新しく傷のない
白い翅を振りながら

枝に残された抜け殻はその体躯故に
卵の殻よりも骸を連想させる
あるいは棺か
完全変態
古きあり様の死と新たなる生の始まり
形も生き方も生きる場所も

その木は死と生で覆いつくされていた
蝶を芽吹かせ開花させ初夏の風に解き放つ
儀式ではなく本物の 転生のための聖なる木


 
                   (2023年6月3日)









自由詩 転生の樹 Copyright ただのみきや 2023-06-03 08:48:04
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