虚構の翼
ただのみきや

包丁で縦にまっぷたつ
eringiの断面はしろく均一
なにもない  別段
はらわたを期待したわけでもなかったが
ningenの断面が
eringiみたいなら気色が悪い
それともこんなに単純なら
痛みを知らずに生きて
痛みを知らずに死ねるだろうか
はらわたのつまった eringi
断面がしろく均一な ningen
どっちもどっち
いやなものだ

  *

遠く
信号が赤に変わる
風は止まらない
陽炎の中
石に聴診器を当てている
男の亀裂に沿ってすり抜けて

駐車場は混んでいる
親子連れの声が白く反射して
視線を冷ます影を求めた
坦々と 延々と
時は殺意で磨き上げる
沈殿し堆積しまた崩壊し
白くまだらに記憶は焦げる

防風林で見つかった変死体
誰もがことばを着せたがった
素体化した顔
見つけたのは犬の嗅覚
メガネに見るものを選ばせる人間ではなかった

すべて真実はフィクション
フィクションにふれて
渇望の原石は転がり始める
すり抜ける風の穂先のような
永遠の名無しの後を追って
踏み迷う自らの足音にこだわりながら

毛糸玉をころがして
もつれたりつかえたり
鏡をたたけば波紋
ぼかしたりにじんだり
静物の輪郭の途切れた辺り
爪をかけそこねて仔猫は落っこちる

遭難者が書き残す
──断片──
記憶と気持ち
甘い夏の花の香り

研磨され続けた渇望の原石は
ある時おのれの影に名前を付けて
真実という仮面を与えた
すべてはつながった
そう思った
レトリックのカラクリ
カンセイはレッカのイット

二股の分かれ道
キにつるされた仔猫の骸
煙のオベリスク
名前も
なにもかもが

無尽層に堆積する
データと塵に違いはない
自分の墓を磨くといい
死ぬまでの行楽として
なにを期待する
ルーペで塵をのぞく者
あるいは霊媒師
主観のピンが抜けてしまえば
時代の尺すら微々たるもの
まして人の尺など流れ続ける時の中で

ことばが脳の仕組みから解き放たれることはない
出口のない迷路を孕み産み続けることを答えとして
「永遠の名無し」との合一を描き続ける
わたしはわたしというフィクション

  *

二人は直面した
病院の一室で
互いに相手を自分のフィクションだと思っていた
老女が男の腹を刺した
果物ナイフは男の生を上流へと遡って行った

罌粟を見ていた
真っ赤な花弁をよじ登りその先端に立って
下を覗くと日食のような目がこっちを見た
突然だれかにキスされた
背中の真ん中辺り
自分では見ることも触ることもできない一点に
そこから快楽の菌糸が全身を侵食し
心臓は幼児のように奇声を発して飛び出して行った

見つめている
あの瞳の密雲へ
今にもすり抜けそうで
いつまでも到達しない

  *

きみは運命など相手にせずに
時と重力におもねるリンゴたちを静物とした
風のような目で色彩を印象に塗り変える
あるかないかの途切れた輪郭線
舌と唇のやせこけた影法師



                      (2023年5月5日)












自由詩 虚構の翼 Copyright ただのみきや 2023-05-07 11:32:26
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