生死の花束
ただのみきや

不滅の太陽の血を飲んだ
魂は気化し地下茎は炭となり
盲いた幽霊のように手探りで
誰かの夢の中
朧な形象のまま
頬をつたうひとすじの水脈もまた
過去からのもの
借りものの幽霊


傾いてゆく 
少しずつ
時と重力に抗う
あの一本の吊り糸が
今ゆっくりとほつれ
わたしが倒れるのと
わたしの人生からものごとが滑落するのと
どちらが先か
傾いてゆく
ギリギリまで
世界ではなくわたしが


黄が緑に勝っている
蒲公英は太陽を宿す
蝶はふるえる
二つの唇の間で立ち止まる息のように
そしてふれる
草葉は波立っている
原野ではない
人がしばし手を付けなかった
ささやかな空白
埋めつくす植物
鶸が二羽舞い降りた
姿は隠される
この景色は
すでにいつも持ち歩いている
わたしの中では古いもの
秘部を埋めつくす黄
美しい狂気


光は灰のように睫毛につもる
たわいもない風のおしゃべり
薄紅の花びらを生き物のように二階まで吹き上げる
景色が窓からこぼれてくる
毛むくじゃらの蜂がガラスをノックする
こんな朝に
わたしはシャーレでことばを菌床にして
きみの横顔を培養している
月を溶かしたやわらかなカメオ


水面に月はゆらでも溶けない
鏡像を宿す実体としての水
しなやかで強靭な肢体
覗くものを映し出す
見つめ返しているのは自分自身か
自分の中からこっちを見ている誰かなのか
声と声のように
像と像も響き共鳴し合うのだ
ことばの影が動き回ってじっとしないように


グラスの氷をカラリと鳴らし
薄まる前のラムの香りを
夜と見まごう胸にだかれて
沈む鉛の瞑る歌声
ことばを脱いで海の泡沫


矢継ぎ早の死
死の行列
死のトランプ神経衰弱
親しくなければ死はただの死
死者よりも無表情
陽だまりの草むらの
美しい死体
その上でもつれ飛ぶ二羽の蝶
ゆっくり近づく死
突然現れる死
少しずつおろして死の残高を減らす日々
親方から前借りする死
転売された死
安く買いたたかれた死
きみの首からさげられたぼくの銀色の死
今も野山を駆け回る瑠璃色の死
どこまでもことばで言い表せそうな
あたまの中にだけ吹く風のような

膝の上で撫でられながら
飼い馴らされることのない死
死の香水
死の背中に額を当てている
眠るような死
死に置き去りにされて目覚めた朝

        
                    (2023年5月14日)










自由詩 生死の花束 Copyright ただのみきや 2023-05-14 13:05:01
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