夜と雨の幕間劇
ただのみきや

夜の雨に置き去りにされた眼孔ふたつ
うらめしげに空を見上げている
空は覗きその身を映す 
今朝は薄曇りを着ている
一羽の烏が横切った 
互いの胸中を ほんの一瞬
実像と鏡像に引き裂かれて

日差しが水たまりを空へと還す
ひとみを潤ませて天を見上げる者もみな

骨になってわたしは
わたしの中の逃げ水を追いかける


雨が降っている
現実の雨が
街路樹の雨垂れに植え込みの水仙がかすかに揺れて
滲み出す
鳴らない鈴の声

感傷を塗りつぶす
タンポポ色の絵具を混ぜていた
雨よりも風よりも冷たい目の中で
太陽は酸い 
鳥たちを溺死させるほど


自我をすっかり整えて
ネガは忘れたまま
秘密はおのずと黒い
開いたドアから見える裸の中で
目隠しをされた暗喩があえいでいる
まつわる息のようなもので
行間は埋めつくされてゆく


強靭な無力感を噛み続けても飲みこめず
胆汁ばかりが反芻される
つかみどころのない季節だった
誰かの乾いた叙情が風に吹かれて転がっていった
自転車をこぐ娘たちの白い脛を目で追いながら
消えてゆく煙を手繰るような真似をして


目覚めたばかりの耳を食む
昨夜の夢が溶けた水で
女は蛇になり蛇は魚になる
ペン先みたいに脳がインクを吸い上げる

苦痛は木霊する
目刺しのように並んだ戦死者たちに
語る空気を送る蛇腹がある
指先の踊る苦痛
気持ちと行動の齟齬の果てに
こころとことばの艀は外される


夜を脱いだ街
釣り上げた悪夢が目の前にある
その口を開いて指を入れてみる
わたしには額の置き場がなかったが

限りなくささやきに近い雨を
糸でつないでいる
朝は霧の刃物を突き付ける


                (2023年4月30日)










自由詩 夜と雨の幕間劇 Copyright ただのみきや 2023-04-30 13:26:50
notebook Home 戻る  過去 未来