ザギ氏の誘惑
アラガイs


  こいつは民衆の、いや、我々地域住民にとっても敵だ。懲らしてめてやろう!
しわくちゃに細い目を吊り上げて班長は皆を前にして腕を振った。

(もしもし、ああ、そうですか、では明日以降になるのですね。わかりました。)
班長!班長さん、いま警察に電話してみたのですが、なんだか今日は車の不具合で来れないらしいです。どうしましょう。
………うむ、じゃあ仕方ない、こいつの家に行って警察が来るまで閉じ込めておいてやろう。

そうしよう!それがいい。そうしましょう。そうよ!そうだ!そうだ!
緑区の住民七人が奇声を挙げる。
比較的若い中年男性二人が両脇から腕や腰をしっかり抱え込み、後ろから太った中年女性が背中を力いっぱいに押した。男は下を向き、うなだれたままよろよろと仕方なく歩いて行った。

あくまでも自分を手品師だと言い張るザギ氏の館は、ここから細い路地を抜けて左へ犬の脚に曲がる。二車線の道路が見えてくるその角にあった。
「天井の館」そう呼ばれている屋敷は大正時代に建てられた立派な旧家だった。しかし市長の役職を務めた祖父が亡くなってからは広い庭も草に覆われ、壁や囲いの板垣も朽ち果てている。この古い二階建ての館は、まるで物の怪の住み家となっていた。

延び延びにされた蔦の門を抜けると住民の一人が戸を開けろとザギ氏に指図した。
洒落たスーツのポケットから渋々と鍵を取り出すと堅牢な造りの扉が開いた。

その館の玄関から奥へ続く廊下を見て一同は驚いた。
!な、なんと、中の景色はその荒れ果てた外観とは大違いだった。
綺麗な装飾に彩られた花瓶の数々。そしてていねいに生けられた切り花の数々。色とりどりの薔薇、薔薇、そして薔薇。
玄関口から廊下の壁には埋まるほどぎっしりと掛けられた絵画に装飾品。しかもどれも年代もので、一目でその高額な価値がわかった。

七人はそのきらびやかさに眼を奪われながらも、互いに中へ入るように促した。靴を遠く脱ぎ捨てて廊下へ駆け上がる。さすがに夫人たちは靴を整えて上がった。必死に両肩で抵抗しながらも蛇に巻かれた鼠小僧ザギ氏には為す術もなかった。

廊下へ上がるとすぐに右側猫の舌に広いリビングルームがあった。二つの腰掛けに大きなソファ。どれもこれもベルベットの生地で、壁紙に至っては高級なウィリアムモリス調の柄。そして、仕切りを挟んでその奥、その奥にはザギ氏の書斎らしき部屋が見える。
どっしりとした木製の広い机にナニモノか置いてあるモノそこに掛けてあるこの部屋の壁面。
!あ!ああ、またしても一同は眼を見張る。
( いや~ん! なにこれ、ッチ~  ん!こ、これは、すごいな、ワワわ、おう、ギャーン、、)
机の上から本棚にまぎれて置いある人形、大小様々なフィギュアの数々、、豪華な衣装を纏わせたモノもあれば、中には裸で禁印のポーズをとっているのも目に飛び込んでくる。女女、女たち、そしてわけのわからない化身たち。壁一面に掛けられた絵画からポスターにしても同様だった。

 (こいつ、ここにあるこいつの贅沢品は皆わしらを欺した金だろう!)
誰かが大きく喚いた。
そうだ!そうだ!そうよ。そうだわ。そういうことよ。
わたしなんか2000000円も取られたのよ。 俺は50000000円だ。…わしは20000じゃがの………
(いいや、金額じゃない。雛形恭二、通称ザギ氏め!こいつ、こいつの顔は幾つある。こいつを思い切り懲らしてめてやろう! ここで、ここで、、)
……ザギ氏にとっては一番の強敵だった。実は最初にその話しを匂わせたのはこの男だったのだ。
男はそう叫ぶと手には革の鞭を握りしめていた。片方の手には飾り棚から取り出した酒瓶が、、それを一気に飲み干すと再び男は叫んだ。
(縛れ!こいつを縛り上げろ。明日までただでは済まさないぞ。さあ覚悟しろ雛形、、)
男の顔は憎しみと酒の勢いからますます狂気に満ち溢れ、掛けてあるペニスのような面を顔で覆うと、鞭の叩きつける音を床にけたたましくまき散らした。
  (さあ、皆、、化けの皮は剥がれた。これから宴会だ!朝まで酔ってやる、叩くぞ。やるぞ。脱げ。服を脱がしてやれ、俺も脱ぐぞ。さあ、皆、みんなも脱げ!そこいら中の酒を、ワインを飲め、飲み干してやれ。それから、それさら、さらして、服を脱げ!!逆襲だ!)ツルルツルル~夫人の携帯が鳴る
~うちのご飯。 え?ここの持ち主が違うって!

あらま! 付けていたサングラスを無理やり外してみればなんと、あら?まあ、いままでザギ氏(通称)だと思っていた男が班長と入れ替わっている。 タヌキかあるいはキツネの仕掛けか、皆は呆然と立ち尽くす。そのとき年長の中年男性が冷静に声を発した。
、あり?あれ、一人オランことになっとるで? 
……ウララ~ウララ~うらうらで~なにやら外から住民たちの騒がしい声が聞こえてくる。
 一足お先に、すりすりと廊下を走り去る天使の響き足音が、微かに部屋を揺らしていた。








散文(批評随筆小説等) ザギ氏の誘惑 Copyright アラガイs 2023-04-21 16:00:43
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