西側
末下りょう


わたしは殺されているべきだった


雪あかりの眩しい清らかな泥の入り江に
一切の終わりは奪われ
寒さにたじろぎながら握ってきた僅かな時間が脱兎のように消えていく


凍てつく手を握り 手を開き 手を擦り 何度も握り返す

なにも終わらないここで殺されて死ぬべきだったわたしたち


わたしはなにも見ずにただ聞いていた
あなたはなにも聞かずにただ見ていた

二人はなにも争わない
ましてや偽らない

どちらかが口を開けばどちらも消滅できた
わたしたちは殺されるほど強くはなかった


あなたは西の岸に立ち わたしは東の入り江にいた
あなたがそこに居る音がわたしには聞こえた
強い西日を仰ぎわたしは手をかざす
指の隙間にわたしたちの光の遠影を探すように
逆光の問いを問い損ねることが運命になるように
なにかを見つけたようにあなたは目を閉じる


死ぬのがわたしじゃないことが恐ろしい



とめどなく無防備に 焦燥や不満 憤り それらすべてを他者に向けて強く投げ返したりはせず
わたしのなかに取り込み それをおびえる肌の近くで深めることができたなら
海に放りだされた漂流者が温かい波に揺れながら待つ雷雲のように
わたしたちは奪われた言語でわたしたちに語りかけたに違いない


約束と協定と契約と誓い 距離の時効のなかで 過去に引いた線だけが残る地図をシーツがわりに わたしは毎夜 違う女たちと眠る


見送る人たちの穴だらけの帽子が
東からの風に飛ばされて 戻れない場所がこの場所ではじまり

殺されているべきだったわたしの声は
あなたの声になり あなたの歌声になり
溶けだした雪の混じる泥をどこまでも踏んでいく

誰かが流した血だけが
わたしのなかに流れている




自由詩 西側 Copyright 末下りょう 2022-03-05 14:37:49
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