カナリヤ
道草次郎

水族館へいきたかった。動物園へいきたかった。映画館へいきたかった。プラネタリウムへいきたかった。遊園地へいきたかった。じつはぼく自身、それ程好きじゃなかったのだけど、一緒に行った人が「わぁー」って喜んでるのを見るのが凄く好きだから、そのために色々な所へ行きたかったのだ。

ぼくは、いつも自分の楽しみよりも人の喜びをみつめて来てしまった。そして、そういう人間のたどる末路を辿った。そのこと自体は詩を差し挟む余地のない、しかし、詩の湧出には一役を買う性質でもあった。

ぼくは自分がはじまりから間違っていたように思う。間違いを正そうとしたことは殆どなかった。その勇気が無かったのである。そして、その勇気が無いばかりに多くを失った。だが、その勇気の無さゆえに、また、新しい何かを見出そうとすらしている。はじめのうちそれは悪魔の囁きに似ていたが、やがては誘惑となって今身と心を締め付けている。

ぼくは、ぼくの原初を断ち切る刃物を持たない。その自負と欺瞞とが相変わらず、この少し古びた胸に堆積していて、今日という日をふたたび過去の方へと追いやってしまう。

ぼくはもう、ぼくという檻を見飽きた。

空ばかりが青い。空とはどんなところなのだろう。あの空へいったら、バラバラになってしまうんだろうか。そんなことが本当にあるのだろうか。

いま気付いた。いや、何度目かの気付きだ。
ぼくは籠のカナリヤなのだろう。歌はもとより知らなくて、そのくせ背戸の小藪に怯えるそんなあわれな一羽のカナリヤ。

ぼくは、実際、そのようなものに過ぎなかったのだ。



散文(批評随筆小説等) カナリヤ Copyright 道草次郎 2021-02-27 13:49:53
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