わらしべツアー
板谷みきょう

一か月の半分を歌い歩いていた頃
いつも隣町の移動から
「これはっ。」という飲食店に立ち寄り
コーヒーを注文したり
食事を頼んだりして様子を伺い
一息入れてから
「実は、今ツアー中なんですけど
このお店、雰囲気が良いので
記念に歌わせて頂けませんか?」と
店主にお願いしていた

勿論、心良く
許可してくれるはずもなく
でも
この一言が
言えるか言えないかが
今後の歌う覚悟を
決定付けているのだ

「ウチはそんな店じゃないから。」とか
「今、お客がいるから。」とか
様々な理由で断られてしまうのだ
そんな中で偶に店主が
「構わないよ。」と言ってくれる

南小樽の外れの国道沿いの某ラーメン屋で
店主が
「誰も居ないから
勝手に歌ったらいいよ。」と
厨房で他の店員4~5名と
働いたまま言ってくれ
店内のテレビは付けっ放しの中で
歌い始めて暫くすると
店主がテレビを消し
見ると店主や店員らが
カウンターに肘をついて
全員、聴いてくれていた

旭川に向かう途中の小さな町で
10月から4月までの冬の間は
休業するという喫茶店では
女店主がボクが歌い始めると
いきなり
「ちょっと歌うの止めてっ。」と
言ったかと思うと
マズいことでもしたかと
恐縮しているボクを尻目に
「ちょっと。
今、ウチに歌手が来て歌ってるから
早く来て!」と
彼方此方に電話を掛け捲り
いつしか満席の中で歌い終え
ライスオムレツを奢ってくれた

苫小牧では
「お父ちゃんが財布握ってるから
ご祝儀はあげられないから
コレ持ってって。」と
発泡スチロールの箱一杯に
蟹や魚を沢山
持たせてくれたおばちゃんが居た

ギターを弾きながら歌ってると
鼻先に千円札をヒラヒラさせながら
「サブちゃんを歌え。」と言って
寄ってきた酔っ払いのおじさんも居た

思い返すとお世話になりながら
二度と出会えない人の多いこと

もう何処で会えたのかさえ詳しくは
思い出せないけど
お陰で
ボクは、今も歌えている


自由詩 わらしべツアー Copyright 板谷みきょう 2020-10-23 21:29:01
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