重力アリス 〜Gravity not equality〜 第一章(小説)
月夜乃海花

第一章 空を堕ちて街灯柱に独り座る者

「はぁ。」
私は今、街灯柱にぽつりと座っている。更にわかりやすくいうと視界は90°回転している。他の人から見たら、私がおかしい状態だ。だって、1人で柱に座っている状態なのだから。
「これからどうすんのぉ?」
犬のクオウェルが話しかける。
「このままじゃあ、どうしようもないとおもうのねぇ。」
尻尾を振り地面から壁へ、そして街灯側の建物の屋根へ登って行く。私とこの犬には重力という概念が無い。一般的には物質には重力というものが働き、地面に立ち、座り、息をするはずなのだ。なのに、私とこの犬はなぜか壁を歩き、天井を歩くことができた。
「結局、この世界は何なんだよ。」
私はこの愛敬の欠片も無い犬に問いかける。
「何って、世界は世界でしょお?」
チワワとポメラニアンとトイプードルを足して3で割り、中途半端に余ったような見た目の犬が首を傾げて逆に問いかける。私にはこの世界にどうやって来たか記憶がない。ただ、一つだけ覚えているのは空を堕ちていたことだ。上へ上へ。その時、目には空の青が雲が映っていた。雲を擦り抜けていく。初めは空から地面に落ちていると思っていた。しかし、どう足掻いても地面に辿りつかない。雲を何十回と潜り抜けてひたすら蒼い、嫌なほど蒼い空が続いていた。たまに叫んだり、歌ったり、意味もなく早口言葉を繰り返していてもその蒼に終わりは見えなかった。諦めて、目を瞑って眠ることにした。目覚めると私は見知らぬ部屋に横になっていた。
「おはよう!」
「うん?」
犬のような生物が話しかけてくる。前足を私のおでこに置き、全体重をかけながら。
「君、面白いねぇ。僕と同じで重力を気にしないんだねぇ。」
「何を言ってるんだ。」
「何をって、そのままだよぉ。」
確かに、部屋を観察すると家具や飾られている調度品が天井にくっついていた。
「うわっ、なんだこれ、なになになに?!いや、夢だ。夢だわこれ。寝る。」
きっと夢に違いない。私はそう思って寝ることにした。数時間後起きたら、犬は私の隣で丸く眠っていた。そして、世界は変わっていないことに霹靂とした。
「ここはどこなの。」
私は犬に問いかける。
「だから、世界だよぉ。」
「私の知ってる世界と違う気がするんだけど。」
「世界が違うんじゃなくて、僕と君が違うんだよぉ。」
犬は耳を後ろ足で掻きながら、やる気のない声で言う。
「ところでお前、名前は?」
「ぼくぅ?わかんない。」
よく見ると犬には首輪がついていた。
首輪のタグは掠れており、ハッキリと見えないがC…uaw…lと書いてあった。
「うーん、なんだろう。クーウァル?」
「なんだっけぇ。」
「クーウァルって言いにくいな。変な名前だし。」
「変な名前ってひどいよぉ。」
後にこの犬と話すうちに自然と呼び方がクーウァルからクオウェルと変わっていった。
「とりあえず、この部屋を出たいよね。どこなのかわからないし、人が居るなら聞かないと。」
私はひとりごとを呟きながら立ってみる。
「このおうちの人はキッチンにいるよぉ。」
クオウェルは立ち上がるとピョンと跳ねて、天井から壁へ移動していた。
「え?」
「なぁに?」
「なんで壁に立ってるの?」
「なんでって?重力かんけいないもん。君もおいでよぉ。」
まさかな、と思いながら壁に右足を置く。すると、なんと言うことだろうか。何も違和感なく歩けるのだ。今、私は床から壁に歩いたのだ。意味がわからない。もう、疑問に感じるのは疲れたので諦めて進むことにした。何もなかったように床から壁、そして天井に歩く。すると家具は私から見て普通の状態に戻る。
「なんだ、これで良いじゃん。」
視界が常識的になったため、犬が言ったようにキッチンに向かう。確かに人がいた。
人というよりも、人影だが。その人影はヌルッと動くと私に近づき、触れようとする。ところが影は私に触れることは無く、そのまますり抜けていった。
「はぁ?」
ただでさえ人では無く、黒い人が動いていて、更に話せない。なんだここは。あの世か?
「もういい!知らん!」
私は家を出た。
家を出ると運河が綺麗な港町に居た。
夜の空。星は点々と輝いており、電燈の炎が朱く揺れている。運河は夜の色を吸い取り、星を反射し、光を乱反射して眩しく、また暗かった。ここは、まるで絵本に出てくる町のようで現代世界とは程遠かった。
道を色々と歩くと煉瓦の家や様々な三角屋根、彩りのある屋台が見えてくる。道路を歩きながら、通り過ぎる私と犬。犬は勝手に私について来ていた。そして、案の定というべきか、道路を歩く人間はみんな影の形をしており、我々の存在には気付いているのかどうかすら気づかなかった。
何時間経っただろうか。しばらく歩き、私は思い出す。そういえば先ほどの家の外での重力はどうなっているのだろうか。ちょうど目の前に煉瓦の倉庫のような建物があった。試しに道路から倉庫の壁に足をつける。すると、やはり歩けた。歩いてしまった。もうどうしたら良いんだよ。疲れたから一旦休憩するとした。街灯の柱で1人、犬と共に。

これが我々の冒険の始まりであり、少しずついろんな意味で私の中の世界が変わるきっかけへとなるとはこの時知らなかった。


散文(批評随筆小説等) 重力アリス 〜Gravity not equality〜 第一章(小説) Copyright 月夜乃海花 2020-10-21 18:55:36
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