この夜はあの夜
ホロウ・シカエルボク


街の灯が消えるころに
俺たちは跳躍を繰り返した
皮を剥ぐような風が
駆け抜ける午前三時
記憶のなかのサウンドのハイハットが
氷の割れる音に聞こえるような気温だった
あたためて
それは叶えられなかった
どんなに懸命になっても冷たいままだった
完全に閉じた心のような空が
冷やかすように小さな光を明滅させていた

戻れないことのほうが多過ぎるから
先に延びる道を気にかけるのか
あしあとを振り返ることも出来ぬほど
そこには怯えるようななにかが転がっているのか
チェインソーを手にしたアイツに追われ続けているみたいなそんな顔をしてさ
昔なにを売っていたのか分からない店のショーウィンドウは
冷たすぎたけれどただ街路で風を受けているよりは幾分かマシだった
そんな物語があったよな
ずっとある店の前で佇んでいる復讐の話

桟橋の向こう、海がある辺りに
見たこともない青い光が瞬いている
あれはなんだろうね、船なのか、それとも
数分前に死んだ誰かのたましいなのか…
ふたりしてそれを見つめていると
未来なんてとっくに切り取られていたんだと
誰かにそう囁かれたような気がした
俺たちはそれを
否定も肯定もしなかった
沈黙は肯定のようなものだって
いつかなにかで目にした気がするけど
ちがうね、それは
沈黙は無関心さ、少なくともそのときは確かにそうだった

そのままつららになるような気がしたけど
もうどんなことも試す気にならなかった
俺たちはもう疲れ切っていて
あとは運命に任せるしかなかった
いつか重なるように眠りについた俺たちは
ひとりは目覚めたけれどもうひとりは眠りの先へと行ってしまった
クリーム色の病室の天井は
誰かがなにかを語る前にすべてを俺に教えてくれた

ああ、神様、生き永らえることは
そう出来なかったあいつよりも確かに哀れっぽい
あの頃のようにレコードに針を落とすことはなくなったし
あの頃のようにナマの珈琲を口に出来る店も少なくなった
若いやつらの話すことの大半の内容は理解出来ないし
桟橋からの景色は味気なく、そして不潔さを増した
そっちに出向いておまえに伝えようか、この夜はあの夜だって
あれから俺がどんな暮らしをしていたかなんて、そんなことを
辛気臭いイギリスの映画みたいに
だけど
こうして振り返る景色のなかに居るおまえは
そのときどこに行ってしまうのだろうと
そんなことを思うと
どうしていいのか分からなくなる
夜は同じように更けていく
くるくると運命が
暗色のグラデーションの幕を回すように
あの頃より少しだけ恵まれた格好をして
俺だけが手に入れられなかったチケットのことを考えている
あの頃にはどこからも聞こえなかった
誰かの笑い声が微かにこだましている


自由詩 この夜はあの夜 Copyright ホロウ・シカエルボク 2019-01-31 00:05:31
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