ヒューマニズム
ただのみきや

雨上がりの朝
二羽のカラスが二羽のスズメを追いかける
食うための 食われないための空中戦
右に左に離れては交差して
建物の陰で見えなくなった
が出て来た一羽の嘴には何かが挟まっていて
今度はそれを奪い合いカラスがカラスを追かける
スズメが逃れることを願っていた
たぶん
スズメのほうが小さくてかわいいから
スズメもしょっちゅう蛾や蝶などを追いかけ回し
嘴に咥えているのを見かけるけれど
カラスだって自分の子を大事にする賢い鳥だけど
スズメが可哀そうだとか
カラスが悪ものだとか
人間の物差しを当てたがるのは
たぶん しょうがないことで
――どの野鳥も平等だ
――カラスにも生きる権利がある
などと論じるよりは
かわいらしいヒューマニズムで
害悪になるほど正義感ではない

環境や生態系
自然界のシステムは
人の手に由らず存在する
人もその一部でありながら
その中で独自のシステムを構築して暮らしている
二つのシステムは重なり所々接がれていて
互いに異なる価値観を侵食させているが
当たり前すぎて忘れている
不可侵条約もなければ平和条約もないことを

自然を神格化し人格化し
祭り 奉納する
人が造らなかったものを
人が治められないものを
人が人にとりいるように
人が人におもねるように
人が人から好意を求めるように
いつの時代も人は人の物差しで
自然と対話している
つもりだった

生き物は人間のようには悲しまない
そう思う
たぶん犬も猫も
犬好きや猫好きは異を唱え
怒り出すかもしれないが
わたしは猫好きで犬嫌いの上
犬より犬の飼い主がもっと嫌いだから構わないが
人に飼われて人と接し続けている動物が
なんとなく人に似て来るのはしょうがないことだ
動物には動物なりの心や感情があるだろうが
たぶん人間とは違う
なにかを失う悲しみとか
飼い主に対する親しみや忠誠心も
極めて本能的なものだろう
ましてや野生動物が
人のように悲しむことはない

自然に勝る楽園を求め
人は版図を広げた
依存しながら搾取し破壊し
時に圧倒的に破壊されて
人間にしか意味のない価値観
人間だけが持つ奇妙な感情
人間が自分のためのシステムを構築しながら
尚も自然の一部であるという矛盾

自然界における人の役割が
破壊と搾取だけでないとしたら
人だけが持ち合わせているものがあるとしたら
それは
自らのではなく他者の不幸や悲しみに対する共感性
概念化された自由や平等や博愛ではなく
無邪気なヒューマニズムこそが
人の人としての役割を機能させる
人同士は無論
鳥や動物
花や木
山や海や風や季節にまで
心を響かせてしまう
割り切れない愚かさと矛盾を含みながら
それでも善意を施そうとする
自然界には無益なものであり
無益なものは自然界にはない
どちらにも転ぶし
どちらにも成りえる
一つの因子
そんなことを想い歩いていると
巣から落ちたのか
口を半開きにしたカラスの雛
親カラスが付かず離れず傍にはいたが
どうにも生きてはいけないようで
右に捲れ曲った嘴
子どもらしい好奇心で
すぐ足元からわたしを見上げている
黒い瞳がふたつ濡れて光っていた




              《ヒューニズム:2018年7月11日》










    


自由詩 ヒューマニズム Copyright ただのみきや 2018-07-11 20:33:24
notebook Home 戻る  過去 未来