獏、仕事する
草野大悟2

スカバロフェアに行ったことがあるかい? 
ケンジが訊くから、ベンが待っているならね、と答えてやった。
ケンジは、ん? という顔をして犀のような目でわたしを見つめた。
ただでさえさえない顔が、間抜けさ加減をいっそう加速させて、わたしに襲いかかる。
そもそも、日本の、九州の、熊本の、三角町と上天草市を繋ぐ超ローカルな橋、一号橋を渡りながら言うセリフではない。

三ヶ月前、ケンジとこの橋の上で出会った。
橋中間部に立って、ぼんやり眼下の海を見ていたわたしに、やめろよ? と大声をあげながら、ずんぐりした黒い男が抱きついてきたのだ。30メートルはある海の中に、危うく落ちそうになった。
な、なにすんのよ! ヘンタイ? 
わたしも大声で叫びながら思いっきり男の頬にビンタを見舞った。
その拍子に、今度はその男が橋から落ちそうになった。
な、なにすんだ? 
男は顔を引き攣らせて怒鳴った。
き、きみの悪夢を食べてやったのに!
は? 悪夢を食べた? は?
男がひどい勘違いをしているらしいことが、わたしにもはっきりと分かった。
わたし、自殺なんかしませんから?
男の目を睨み付けて、きっぱりと言った。
この時、わたしは初めて男をまともに見た。

熊のような体、長い鼻、虎の足、牛の尾っぽ。
──  獏がいた。


自由詩 獏、仕事する Copyright 草野大悟2 2018-04-03 10:19:38
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