散髪客
ただのみきや

風は荒れ狂うものさ 解かるだろう
やがて虚ろな静けさだけが残るって
風向きを変えることはできないし
目的地を変えることもしたくない
帆船ってやつは風頼みの上
腕に頼りもやめられないってこと
風には風の意思がある
全体の意思の一部分だ
船乗りや旅行者の意識だって
より小さな一部分に過ぎない
だから風はひとつの意思なんだよ
船乗りが目的地に着こうと海の持屑になろうがお構いなし
後には虚ろな静けさだけが残るってわけ
シュルレアリストだろ あんた
例の赤と青のグルグルしたやつ
意識と無意識が交じり合っているって信号だろう
超現実ってさ
やっぱり言葉が一番いいかもな
頭の中で勝手に変換しちゃうからさ
自分の頭がだよ
画家だったり俳優だったり演出家だったりって
凄すぎて笑っちゃうよね
シェービングクリームは火傷するほどの熱さ
知ってるよ 夢で見たから
喉元から顎のほうへ剃り上げる時やるんだろ
同じ夢見たんだよ おれたち
剃刀をうんと冷たくしてくれないか
ここまでは夢の通りなんだ
モゥビ・ディクは一種の元型さ
無意識下の自己の胎動に自我の武装なんて
エイハブの銛ほども役に立たないよ
フロイトじゃなくユングだよ
おれはアニアーラに乗っている一人なんだ
ゆっくりと深宇宙に沈んで往く
質の悪い宗派
名も無き船員のための物語だってことさ
ごめんもうちょっとクビんとこ緩めて
航海日誌はむっつりしてたよ
航海が日誌を生む訳じゃない
書かれた日誌から航海が生まれるんだ
現実に入り込む余地はないけど
架空の中には案外多くの現実が隠れ住んでいる
水没した書物を日に当てて乾かしてごらん
ドライフラワーと良く似た
日向と日陰の織り交ざった匂いがするよ
もうページをめくることは困難でね
塗り込められたまま言葉はミイラさ
発見されなければ無いも同じだって言うけど
在ると推測されているだけってどうなんだろう
信仰者なら迷わずアーメンだろうけど
神経衰弱に似てると思うよ
ああ鼻毛切り過ぎないで
たまたま見つけたカードを捲るだけさ
無限のカードの裏に何が書いてあるかなんて
砂漠で干乾びるくらいなら
海に出たほうがいい
もみあげ?
まだ書かれていない誰かの詩なのか
まだ見られていない誰かの夢なのか
まっすぐ斜めに落として
かつて在ったものだって
忘れ去られたら無いも同じよ
たぶん誰かの夢なんだよ
剃刀が横に動く
蟹って蟹じゃない何者かの頭部なんじゃないかって
おれは蟹星人って思っているけど
横に素早くきっかり七センチ
おれが目覚めるのか
誰かが目覚めるのか
誰の一行目なのかはわからないけど
風の正体なんて全体の対流なのさ
思考しない無垢な意思なんだ
力と方向性だけを圧倒的に示して
後には虚ろな静けさが残る
おれは小さな帆掛け舟なんだ
皮膚が弱くって市販のは合わないんだよね
不沈空母なんか真っ平ってわけ
だからさフロイトよりユングだよユング!
久しぶりなんだから髪切るの
シンクロしたのさ
直接繋がっている訳じゃないのかもしれないけど
一つの剃刀の あんたは柄に触れ
おれは刄に触れている
共有しているものが単なる時代や文化なんて言うなよ
解かっているくせに
この剃刀が超現実ってやつなんだ
夢と現実の境が淡く暈されてついには消失する
おれの自我は今まさに自己に埋没しつつある
超自我なんてアニメの天空都市だよ
善も悪も月や星みたいに遠い他人さ
だが風には圧力がある
実体なんてなくても海を発狂させるほど
そうして後には虚ろな静けさ
クルテンのしかめっ面を剥がせないまま
沈んで往く
水先案内は
オフィーリアのイメージを纏ってやって来る
おれはおれの空白と再会するのさ
痺れるくらい冷やしてくれ
おいおいあんたもおれなんだろう




                   《散髪客:2018年3月24日》









自由詩 散髪客 Copyright ただのみきや 2018-03-24 19:51:34
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