誤謬
ただのみきや

胃袋を焼く
少しずつ焼いて往く
脳を殺す
微細な匙の加減
からっぽの冷蔵庫みたいに
ロックンロールが居なくなると
窓と窓の間に挟まった
蛾の身悶えが
耳のすぐ傍から聞こえて来た
嘘だとわかっても
すがりつく鏡には
海が見える気がして
けむりの額縁
自画像の中の見知らぬ顔
閃光が置き去りにした轟きのように
後ろから追って来て
無垢なものたちを石に変える
やり取りの
味気なさ
もう濡れることもなく
芽吹きに微笑みかけながら
朝はどこかで
鴎のように白い骨をも照らしている
抗い拒む生と
ただ受容する死
たたみ切れない夜の翼が
視界の縁にちらついて
こする目もとに青のインク
乾き切らない饒舌の
鞭打つような匂いがした
盗掘された遺跡
凌辱された遺言
亡霊というにはあまりに淡い
すすり泣くような糸のほつれ
そっと吐息で揺らしても
開いた窓から押し寄せる
光は滾る鍋のようで
意識は対流し
形を変えながら移動する
見渡す限りに敷かれた影を
粘菌の足取りで引きずりながら
だがコンマ一秒
街角を幾つも走り抜け
あの目は見ていた
トランクを斜めに引いて
歩く十人の旅行者を
その内の一人のトランクはから
旅行者を装っていた
やがて知られない秘密が熟し
からのトランクが臓器を宿すころ
九人の旅行者は幻影となる
すべては誤謬から始まった
焼却場の煙突が
そら一面にたれ込める灰色の雲を
自らの所業だと告解するように
蠱惑な女神の肉体に
神学の荷札を括りつける
殺処分されるイマージュ天使たち
幾重もの木霊と相殺し合うだけの
ことばを持つものは不幸だ
正そうとするものは
最初の一撃を否定する
母なる誤謬の
自らもその一編に過ぎないことを忘れて




                 《誤謬:2018年3月21日》









自由詩 誤謬 Copyright ただのみきや 2018-03-21 16:31:51
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