羽根の目
あおい満月

                  
ふたつの卵のような目をした彼女と向かい合っている。
卵は茶色く黒い。ゴキブリの羽根だ。ゴキブリの羽根が
ドリアを食べる、私の口元をじっと見つめている。羽根
は記憶している。私の咀嚼の回数、口の動き、制服の胸
のリボンの位置を。羽根の目は、私の手元に視線を移す。
私の爪の色が血の色に見えてならならないらしい。羽根
は、それも食べながら海馬のそこに摺り込ませていく。
ドリアの店を出た私と彼女。彼女は何故か私の手をきつ
く握る。彼女の手はいつも白く細く冷たい。その冷たさ
が世界にバリアをかけていく。強烈なバリア。私と自分
以外は入れることを赦さない繭玉のようなバリア。それ
は今に始まったことではない。出会った頃から、彼女は
欲しいものにバリアをかけて、風が吹けば飛んで行って
しまう自分の身体を支えてきた。それは夜になっても続
く。深夜に鳴る悲鳴のコール。膨らんでいくビニール袋
のなかの鬱憤と猜疑心。受話器を取ると洪水になる。彼
女は泣いている。(ユカがね、最近私を無視するの…。
私の何がいけないの?もうあんなやつ大っ嫌い!死ね、
みんな死ね!フジコだけは私の傍にいてね!)まだ十七
歳の私の心は縄で絞めつけられて、南京錠を両腕に掛け
られたように苦しくなる。生き物が棲みついた。ゴキブ
リだ。カオリのゴキブリの羽根の目が、私の心臓を食べ
ている。羽根が真っ赤に歯を血で濡らして、私の肉に齧
りつく。羽根は三日月の口元で、ふふふと嗤う。その声
が煩くて外へ出ると何かが服にはりついてきた。ゴキブ
リだ。ゴキブリは次々に増えて。私の口の中に入ってい
く。私の身体のなかのゴキブリは私を喰らい尽くし巨大
化して、カオリになる。世界が、カオリになっていく。
カオリの、ゴキブリの羽根の目が増殖して、星を喰らう。



自由詩 羽根の目 Copyright あおい満月 2017-12-09 11:49:07
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