失われた雨空
のらさんきち

雨は止んでいた
底冷えの余韻もなく
左手にはぶらぶらと
きまり悪そうに一本の傘
軽やかに往く人々が
刹那の訝りを湛えた一瞥を
そっと私に投げかけて去る

そうか、彼らは知らぬのだ
まだ幸せな眠りの内にあった頃
幾万粒もの氷が解けて
天から地上へ降り注いだことを
その中を
傘の内に身を縮めて足早に歩く
見知らぬ他人がいたことを

ああ、何と美しい空だろう!
溢れ返る光子が
次々と網膜へ飛び込んでいく
それらは忽ちのうちに
一日のプロローグに記された
悲哀の影を消し去ってしまうだろう
そしてまた
幸せしか知らぬ世界の幻を
眩しさの中に描いて見せるだろう


自由詩 失われた雨空 Copyright のらさんきち 2017-11-23 15:17:45
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