思考は瓦礫の中で
ホロウ・シカエルボク



古いセメントの欠片からはみ出した鉄筋がねじ切られた肉体からぶら下がる大小さまざまな血管を連想させる白昼夢、うだる暑さの中で皮膚をなぞる汗の温度がそんなイマジネイションに奇妙な実感を加味する、街路樹のほんのわずか歩道より隆起した土の表面に小銭のようにばら撒かれた蝉の幼虫の殻、さなかの夏がいつの間にか終わりを迎えていることを耳打ちのように告げている、道の向こうに見える公園のベンチに横たわる死体のような老人、ままならない肉体組織のバグが彼をさらに逃げられないところまで追い込んでいる、古い住宅地に紛れ込むと閉じた商店の群れ、そのうちの二つのシャッターの内側で人死にが出ている、道端で呆けている退屈そうな連中に尋ねるとすぐに教えてくれる、たとえこちらに関心がまるでなかったとしてもだ、愛想笑いを何度かすることでそこからは離れることが出来る、ただ生体を維持してきただけの連中と長く関わるのは良いこととは言えない、感情は簡単に死に絶えてオリジナリティーはテンプレートに依存する、シールドのない宗教のようにそれは愚かで無害な連中を簡単に支配する、錆びついたグレーチングの上を歩くとスニーカーの底が摩擦で鳴く、それはまるで熱に悲鳴を上げているみたいに聞こえる、バケモノを芸術の域に仕立て上げた男が死んだってニュースで言ってた、歩いているとそいつが自分の友達だったみたいな気分になる、サーモスタット、世界に君臨している、公衆トイレで理由の判らない嘔吐をする、近頃改装されたその様相は美しいが煤けている、だってそうなんだ、そこは汚物が扱われるところだから、どんな洗剤を使っても、どんなに水を流してもそういったものは拭えることはない、パーソナリティが人間を支配するみたいにそれは煤けている、手洗いの蛇口から流れる水は数秒間は熱湯のように酷い、てめえの陰茎を撫でた指を洗うのも一苦労だ、濡れた石の匂い、なぜかそれは戦争を連想させる、近頃の連中は殊更に殺される可能性についてばかり話をする、殺す可能性については微塵も考えることはない、そんなやつらに戦争のことなんて一生分からない、誤解を恐れずに言えば、それは人生を理解しないのとほとんど同じことだ、銃火器を手にしなければ、刃物を手にしなければ、鈍器を手にしなければ、誰かのイデオロギーに乗っかって踊りさえしなければ罪を犯していないと考えるのは戦争を賛美するよりもずっと危険なことだ、それは一つの理性としてすでに死んでいる、個人であろうと団体であろうと、神を崇めていようと無宗派であろうと、その他のどんなイズムが人生に書き足されていようと、戦争は争いでありそれは例えば取るに足らない小競り合いであろうと例外ではない、連なって歩いてるやつらのどのくらいがそのことを理解しているのかは疑問だ、そしてそんなものよりも、少し汗を流さずに済むような場所が欲しい、イデオロギーが欲望に勝ることはない、イデオロギーを振り翳している連中を一目見ればそんなことはすぐに判る、テーマが設定されればその他のものはすべて見過ごしてしまうものだ、住宅街を通り抜け、繁華街へ出る、通りすがりに顔をじろじろ見ていくやつが居る、なにかしら突っつく材料を探しているのだ、すれちがいざまに下らないことを呟いて、それで何事かを成しとげた気になりたいのだ、それで、そんなことでそいつは満足するのだ、それは戦いですらない、闘志を装うだけの臆病者の手口だ、薄暗い本屋に潜り込んで目を細めながら背表紙を読んでいる、そうしているとようやく身体がまともな温度になる、先週まで狂ったように降っていた雨は水分の扱い方を忘れてしまったようだ、渇いた世界の中に居るとアメリカの音楽が聞こえてくる、財布から一枚札を抜き取って雑誌を二冊買う、それをいつ読むのかは分からない、読まないかもしれない、でもそのときそれは絶対に必要なものなのだ、重くなった鞄を肩にかけ直して外に出る、連休の街は申し訳程度に賑わっている、この街がもう一度力を取り戻すことなんてない、それは外から来る連中に委ねられている、懐かしいが様変わりした通りを歩きながらふと、身体にぴったりなシャツを着た子供のころの自分自身が、怯えたように辺りを見回しながら向こうから歩いて来るみたいな気がして少しの間立ち止まった、潰れた洋服屋のシャッターの前で目線の定まらない男が立ち小便をしている、そいつを的確に評価するのはいつだって数人の女子高生の塊だ、ほどなく物凄い怒号がこだまする、若い男だ、立ち小便を終えた男に怒鳴り散らしている、それは正義漢ではない、外気温は35度を超えているのだ。



自由詩 思考は瓦礫の中で Copyright ホロウ・シカエルボク 2017-07-17 22:34:08
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