しろいまぼろし
水菜

ふいに、とつぜんに
真っ白になったというのか
吹雪にふかれたように、というのか
巻き込まれたように、というのか

ふいに、見失った

大事なものだった気がするのだけれども
それがどんなものだったのか
それがどんな形のものだったのか

そういった事柄が、ふいにどうでもよくなったのだ

ことばがおいていかれる、そのような感覚ともちがう
あえていうなら、感覚がおいていかれたのだ

あのしろい吹雪のむこうに

雪遊びをしている子供がいる
大きな雪玉を仲よくつくっている
少し先には、その子達の飼い犬なのだろうか
もふもふと雪に鼻をつっこみ顔中を真っ白の雪に覆わせている物体
柴犬らしきくるりとまわった尻尾が見えた

「ジロ!もう、ばかだなあ」
ジロと呼ばれたその柴犬は、飼い主らしき少年に笑いながら雪を払われ
少年の水色の手袋に覆われたちいさな手に鼻を擦り付ける
「ワンっ」
思いのほか、若い犬らしきみずみずしい響きの鳴き声を耳にし、ふっと既視感に襲われた

私は、首をすくめたようにして、そういったものを頭から無理やり追い払おうとする

雪の白は苦手だった
私は、もともと白い色は苦手だ
若い時分から、なんとなく避けてきた

それが何故なのか、自分でもわからない
否、正確に表現するのなら、考えないようにしていた
底冷えのするなにかが迫ってくるようで、臓腑が凍えるかのような感覚に襲われる

ふっと、気づいたときには、そこはどこかの家の玄関先だった
私は、足元に並べられている靴を見ている
女性もののロングブーツと、男性用なのか少し大きめの登山靴、そして私でも知っている
アニメのキャラクターがプリントされた3、4歳ぐらいの子用のものなのか水色の小さな靴が置かれていた 色が水色だったので男の子のものだろうかとあたりをつける

私は、そのまま靴べらで通勤用の革靴を脱ぐと、手馴れたような感覚で下駄箱を開け、靴をしまう

奥の方から夕飯の支度の音だろうか、やわらかな音が聞こえ、温かな匂いがしてくる
テレビの音が響いていて、それが、私でも知っているアニメのテーマソングだと私はわかった

「○○○、帰ったぞ~ 手伝ってくれ」

私は、玄関の上り口に腰を下ろすと、なにか大事なことばを言い、手元に持っていた小さな犬かごをそこに置いた

歓声とともに、ちいさな足音がして、私は、ふっと目元をやわらげる

私が、瞬いたとき、そこは一面、白に覆われていた
空ですら、白い吹雪に包まれていて
目に見える木々やわずかに見える草でさえも、白く包まれていた
ジンと指先が悲鳴をあげた気がする
キーンと耳元でなにかが歪み始め
ごつい登山靴を持ち上げる足はふわふわ浮いているような気がして心許ない

しろいまぼろしだと思った

ふっと目線をずらした時、目に飛び込んできたのはしろい影だった
耳元で響いた声が、私の動かなかった心を揺らす

はっとした私は、しろい影がみえた辺りにある雪のふきだまりに向かってすすむ
手馴れた身体がシェルターをつくりあげていく
感覚をどこかにおいていても、命を守るために身体は動くものなのかと働かない頭で自嘲するように思う
雪のふきだまりを押し固め、風の向きとは反対に入口を作るため心持ち低く、ほりすすめ奥にすすむにつれて高くする
外から換気用の穴をあけ、床に溝をほる

落ち着いたときには、私は、シェルターの奥に蹲るようにして座っていた

奥の方にしろい太陽が上がっているのがみえた
しろい狼だとなぜか思う
狼の目は水色をしている

しろいまぼろしが私を覆う

みずみずしい狼の声がしたような気がした






自由詩 しろいまぼろし Copyright 水菜 2017-01-16 11:52:56
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