黒い歩道
水菜

小さい頃に手を繋いで歩いたあの歩道は、いつの間にか立ち入り禁止になっていた。
立ち入り禁止の表示とチェーンが張られたその一角に、子猫が3匹かたまって此方をじっと見つめている。この道の先には、古い洋館が、あったはずだった。私は、そこの洋館のやさしい物腰の家族が好きだった。ぜんそくもちだった私は、この道の少し先の木陰で、喘息の発作を起こして、蹲っていたのだった。私に声を掛けてくれたのは、ステッキを引きずった、老人だった。その老人は少し眉をしかめると、私にごつごつした手を差し出した。掌の中には、甘いミルクのキャンディが2つ入っていた。私は首を振ったが、老人は、私の手をきゅっと握ってキャンディを渡すと、老人の主治医であろう人を呼び出してくれた。私が落ち着くまでその老人は心配そうに私の背中を擦ってくれていた。
その洋館に立ち寄ると、いつも私は、その老人の大きな手で頭をわしわしと撫でられた。老人の丁度肘掛け位の場所に私の頭があるから、ステッキ替わりだったのかもしれない。私は、その老人の掌が大好きだった。老人には、もう一人、家政婦さんのような方が居て、いつもにこにこ老人の傍で笑っていた。聞くと、老人よりもずっと年上で、代々この洋館のお世話をこの方の母の代からしているのよ、と教えてくれた。老人は、この家政婦さんに、いつも怒られたもんだ。と笑っていた。
ふー、っと耳元で風が吹いた様な気がした。老人が好きだった枝垂れ桃が白っぽく薄い桃色の花を咲かせている。風が耳元で吹いて、足元でカサっと音がして、私はどきっと後ろを振り向いた。幻想は消えて、私の後ろには何もない黒い歩道が続いている。目の前に居た3匹の猫は姿を消していて、空にはまるで降ってきそうな星がきらめいている。


自由詩 黒い歩道 Copyright 水菜 2017-01-04 23:01:35
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