ポイントについて
水菜

ポイントを私の意識で説明するなら、ポイントとは、認知に、他ありません。言葉は、玉石混交に私の周りに溢れている。残念ながら、私の認知出来る書籍も、言葉もその、何億分の1、否、それ以下でしょう。私が、触れることの出来る言語で絞っても、私が、出会える書籍、言葉は、本当に、一握りです。書籍ならば、手元に置くことが出来る。コメントならば、私が、感じたことを意識化し、形にする作業が必要になる。あなたは、本を読むとき、言葉に引き付けられる時、何となく、惹かれたから。そのような理由で惹かれた思いを意識化出来ないまま、手で取り、味わったことはないだろうか、読んだことは無いだろうか。読書をする理由を必ず明文化しなければならないのなら、私は、人生の中で何も手に取ることは出来ないし、そのような強制的なものを私の中に入れようとも思えない。私は、言葉にすることが出来ない、何となく惹かれる、何となく好むと感じるような心の動きを本当に、大事に思っているからこそ、ポイントを入れることが好きです。
もし、ポイントを入れるというこちらの場所のようなものが無かったら、私は、私が、認知したものを言葉にすることを諦めて通り過ぎるでしょう。あまりにも、淡すぎて、言語化する時間が無いとき、あまりにも言葉にすることが出来ない不思議な感覚に陥った時、人は、それを受け入れようとはしない。良かったです。私にはこの作品が良いと思った。少なくとも私の心に留まったと伝えるものがそこに設置してあれば、たとえ、書店でも図書館でも、私は、読書される方が大幅に増えるのではないかと感じます。確かに、言語化する程の確実性は、無いかもしれないけれど、自分が良いなと思ったものは、記憶に留めやすいと感じます。私達は、常に自分なりの評価を持って行動している。他人の評価に縛られることがあったとしても、自分の評価は、失えないものだと思います。言語化出来ない思いまで拾おうとするポイントを入れるという行為について、私は、何度でも好きだと言いたい。色んな感覚を感性を知りたいから、私は、そう思います。


散文(批評随筆小説等) ポイントについて Copyright 水菜 2016-12-22 04:02:42
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