コンビニエンス
アンドリュウ

そのコンビニは街外れにあった

面接に来たぼくに店長は履歴書を見ながら言った
ーう〜ん果たして君に務まるかな〜
ーまじすか?自分ははっきしいってコンビニもバイトしたことあるし スーパーだって居酒屋だってあるんすけど
それはわかってるんだけどね うちの場合ちょっと違うというのか オーナーの意向でね
―なんすか ハッキリ言ってください

結局ぼくは採用された
店長が言葉を濁した訳は実際に働いてみるとすぐに分かった
そこは 《いい人》のコンビニだったのだ
普通のコンビニとどこが違っているのかといえば外見はそう変わらない
それどころかぼくのほかに3人いる店員は皆はっきし行ってとろい とろすぎて腹が立つほどだ
テキパキと仕事をこなす事が好きなぼくにはイライラする事ばかりだった

たとえばNという50がらみのおばさんはいつもレジの横で来た客と話し込んでる
中には何も買わないでNと話す為だけに店を訪れる客もいる

さらにひどいのはOという三十代の男
この男は時折来るホームレスにレジを打たないで弁当や飲み物を渡している 
それも悪びれる風もなく 笑顔で堂々と…
店の前を通る痩せた野良犬にも商品のから揚げやおでんのすじをやる事もある

二十代のAという女もなんか勘違いしてるとしか言いようがない
この女はコンビニを保育園のようにしてしまってる
この女は常に五六人の子供を預かってる 
店の事はほったらかして子供たちを連れて公園に行ったりもしてる

必然的に日常の細かなルーティンはボクと店長でこなす事になる 客は物を買う客もそれ以外の客もひっきりなしに来てとにかく忙しかった
でもこの店長も曲者で 何でも笑顔ではいはいと請け負うから次々と仕事は増えてゆくのだ
近所の木を切ったり生まれた子犬の里親探しをしたりと…
それに聞くところによるとこの店長
いつか来た気弱なコンビニ強盗に同情して自分の給料まで渡してしまった武勇伝もあるらしい


それでも最初のうちは他に比べて給料も良かったしなんとか我慢していたのだが 
三ヶ月くらいたったある日ぼくはとうとう切れてしまった

ーやってられないよ!なんなんだよ てめーら少しは真面目に働けよ!

店の中の客も店員のぼくの突然の大声に一瞬し〜んとなった
でも次の瞬間もとの状態に戻っていた
ーついてきなさい
背後から穏やかに声をかけられた 
振り返ると時折アンパンを買いに来る老人が穏やかに笑いながらたっていた 
ぼくの返事も聞かずにつかつかと店を出て行った
店長に救いを求めると 首を振って行け!というジェスチャー

老人はコンビニの横の家の門をくぐると慣れた手つきで玄関の鍵を開けボクを応接間へ通した
古いが豪奢なソファに腰を下ろすと ぼくにも座れと手招きした
老人は咳払いを一つして話し始めた
老人はあの店のオーナーだったのだ

ー君はコンビニエンスという言葉の意味を知っているかね
そういって言葉を切り遠くを見るような目つきになった

ーわしはこの年になるまでがむしゃらにお金を稼いできた 時には人の道に反する事もした
金もうけには往々にしてそういう面があるからな
金儲けに夢中で妻が病気になった時も人任せにして充分看病してやれなんだ

ー妻はわしと違って金儲けには無縁の人間じゃった
正直わしは妻を馬鹿にしとったかもしれん この役立たずが〜とな
じゃが妻が死んでみて初めて気がついたんじゃ わしは見えないところで妻に支えられておった
金儲けに奔走するわしを妻は大きな心で支えてくれてたんじゃ
失った後で気がついても遅いがの
ー子どもも二人おるのじゃが 妻が死んでからは寄り付きもせん
孫たちもそうじゃ 
こんな偏屈で意地の悪い金もうけしか能のない人間が
曲がりなりにも仲間はずれにもされずに生きてこれたのは
みんなみんな陰で妻が支えていたからなんじゃ
それに気づいた時わしは愕然とした
愛する者がおらなんだら 金なんか何の役にも立たん
わしの貯めた金は妻がわしのそばにおってくれたからかろうじて悪臭を放たずにすんんでいたんじゃ
わしは方向転換することにした 
ため込んだ金を社会に還元する事にしたんじゃ
その時ふと思ったのが、妻のような心の優しい いい人ばかりで本当の意味のコンビニエンスストアを作ろうと考えたのじゃ 
じゃからあの店の中で起きていることはみんなワシの我儘 妻への供養と思って見過ごしていただきたい
店の売り上げの事も心配せんでええ 
持ち出したのは最初の二年くらいでの あとはああ見えても不思議と成績いいんじゃ 
えーと 確か県内で二位か三位くらいかな 
金儲けなどするつもりもないのにな 客がほっとかんわな 便利がええから… 老人は嫌な顔をして笑った 口元から金歯が光った

あの〜ひとつだけ聞いてもいいですか?
ああええよ 
老人はいつの間に淹れたのか自分だけ旨そうに茶をすすりながら笑った 
さらにふところから成金饅頭を出してさも旨そうにひとりで食べた

それなら… それならなぜぼくを雇ったのですか?

ハハハ 簡単じゃよ
いい人はそうでない人といると輝きを増すからな
君はわしにそっくりの笑い方をするしな ハハハ
笑った老人の歯に成金の皮のカスが付いているのが見えた


散文(批評随筆小説等) コンビニエンス Copyright アンドリュウ 2014-06-21 07:19:23
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