冬至の日の夜に
くみ

『冬至の日の夜に』


冬の夕方の空は寒いけど個人的には気にいっている。

空気が澄んでいるのか赤、黄、青の三原色がはっきりしていてグラデーションも豊かで美しい。

しかし車の窓ガラスから見える今現在の夕方の空は鬱蒼と曇っている。
今日は折角の冬至なのだから締めも綺麗に飾って欲しかった。


「そんなに悄気た顔して何か買い残した物でもあるのか?」

助手席に座っていた彼は難しい顔をしている自分の事を心配そうに見ていた。

「今日は冬至でしょ?お風呂を柚子湯にしようかなって」

「冬至?もうそんな季節か」

「だから柚子買ってかない?」


柚子湯が流行り始めたのは江戸時代の銭湯かららしい。
自分は毎年必ずという訳ではなかったが、元々湯槽に浸かる習慣もあったし、冬至だなと思い出した年には湯槽に柚子を浮かべて昔から続いているその風習を楽しんでいた。


「やっぱり湯槽に浸かるのはいいな。いつもシャワーばっかりだから」

「……うん」

「俺の部屋の風呂場はちょっと狭いからな。今日はちょうど良かった。そう言えばお前、毎年これやってるの?」

「あれ?言わなかったっけ?」

「うん。拘ってるのは入浴剤だけかと思ってた」

折角浸かるのだから逆上せないように適温に調整された湯。
湯槽の縁に腕を置いてゆったりと寛ぐ彼の様子を見ながら、ほっと溜め息をつく。豪邸のように広いとは言えないが、2人なら充分に浸かれるやや広めの湯槽は気にいっていた。
自分もそうだが彼も長身な為か、やや膝を折って入らなければいけないのは仕方ない事だったが。

「そう言えば昔、母方の田舎に泊まった時に柚子湯に入った事あるかもしれない」

「昔の人はそういう風習を大事にするからね。いい想い出だと思うよ」

「冬至って、確か1年で最も昼が短いんだよな? 」

北半球の方では太陽の南中高度が最も低く、1年間の間で昼が最も短く夜が最も長くなる日だ。

「お前が柚子って言うからちょっと調べてみたんだけどさ、小豆粥食べると疫病にかからない言い伝えとかあるんだな」

「んの付く食べ物を食べる習慣もあるよね。うどん・なんきん・れんこんとかさ。南瓜を食べる風習はまだあるみたいだよ」

「だから南瓜、台所にあるのか?」

「1年間は元気で過ごして欲しいからね」

「そう言われると素直に嬉しいな。で、南瓜を切るのはどっちがやるんだ?」

「……お願いします」

正直料理は苦手だが、彼の体調は気遣ってやりたいし、嬉しいと言われたらやっぱり南瓜を扱うのも頑張ろうという気になる。
どう調理するのかも事前に調べ済みだ。

「柚子って独特の香りがするな。なんかずっと嗅いでいたいって言うか」

「アロマオイルなんかにも使われてるみたいだし、いい香りだよね」

「そうなのか?」

たまに一緒に湯に浸かる事はあるが、長湯がやや苦手な彼とはスキンシップもあまりない。
やわらかな湯の感触に意識を向けると、彼の興味は柚子に向いていて、浮かべた柚子を子供の様に楽しそうに弄っている。

「昔から効き湯に使われる位だからね」

「やっぱり植物関係の事は詳しいな。瑞樹のお陰でまた一つ賢くなったかも」

柚子を入手したのは、こうして2人で風呂に一緒に浸かる為だったのだが、何故か今日はほんの少しいつもとは違い、横から聞こえてくる彼のリラックスした優しい声は風呂場に響いて耳の鼓膜から身体の奥まで染み渡る。

身体を動かすと湯が動き、ポチャンと音が鳴ると、湯の中で軽く手を握られ肩に顔を乗せてきた。

「逆上せる前には出ようね」

「ああ、そうだな」

一緒に風呂に入ると素直に話が出来るし、コミュニケーションも取れるとよく聞くが、逆に自分の場合は風呂場の中では素直に思っている事を口に出来ない気がした。
その言葉の代わりにそのまま彼に凭れかかれり、頬に唇を寄せてみる。
自分の今の表情は彼には見せられないなと思いながら、何となく気恥ずかしくなり思わず瞼をそっと閉じてしまった。

彼が南瓜を切れるように逆上せる前に風呂場から出さなければいけない。

柚子の爽やかな香りが浴室にまた更に広がった様な気がした。


散文(批評随筆小説等) 冬至の日の夜に Copyright くみ 2013-12-23 02:45:20
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