中等熱
くみ
『中等熱』
俺にとって12月というのは昔から体調を崩しやすい季節でもあった。
幸いクリスマスの時期に当たった事はまだ無かったが、学生時代は期末試験の前後に風邪をひいたり、試験真っ最中の時にうんうん唸りながら試験を受けた事もある。
外見的には風邪とは無縁そうだねと言われるが、そうでもない。1年を通して見ると不可抗力から体調を崩してしまう事は結構多かった。
子供の時から母親に言われ、うがいも手洗いもして体調管理もしているが、ここまでしても体調を崩してしまう体質なのはもうどうしようもない。
確か高1の時も、期末試験が終わると同時にたちの悪いインフルエンザにかかってしまったのをふと思い出した。
熱は38度5分から38度。
父親は仕事柄あまり家に帰って来ないし、タイミングの悪い事に母親も試験最終日の朝から友人と温泉巡りに行ってしまったのだ。
家には熱を出した俺が1人。
恋人が見舞いに来たのだが、わざわざ学校から家に帰ってから着替えて来たらしい。
おぼつかない足取りで玄関まで迎えると、最近のお気に入りらしい細身の黒いコートを着て、手にはコンビニの袋をぶら下げた姿。
そこまでは良かっのたが、恋人は更に正体不明の大きな包みを抱えていた。
「千羽鶴………」
「それは見て分かる」
「だって…インフルエンザだって言ってたし…もし死んじゃったらどうしようって思って……だから一生懸命2日間徹夜して折ったの」
「俺、死なねーし……勝手に殺すな」
「ごめんなさい……」
項垂れている恋人の腕に抱えられた千羽鶴は丁寧に折られていて大きさも均等、しかも色を揃えて7色というなんとも豪華絢爛な千羽鶴である。
俺は自分の部屋だと何だか心細かったのでリビングのソファーベッドに寝て毛布を沢山身体に巻き付けている。
暖かい部屋の中とは対称的に窓から見えるどんよりとした薄暗い空や中庭がいつの間にか冬の顔になっていた。
「ごめんね。迷惑だったら持って帰るから……あ、林檎もポカリも買ってきたから置いてくね」
「迷惑なんて思ってねーよ。それ…ちゃんと飾るから、机の上に置いといて」
「本当に?ありがとう……」
さっきまで悲しそうな顔をしていた恋人はふわりと花のような笑顔を見せて手をぎゅっと握ってきた。
外気に触れて冷えてしまった手が逆に熱で火照った身体には心地良い。
迷惑だなんて思ってない。
寧ろ嬉しかった。
お前の方こそ徹夜なんかしてこんな綺麗に千羽鶴なんか折っちゃって、身体大丈夫なのかよ?とその細身の身体を見て思わず突っ込みを入れたくなる。
変な所で抜けてるのがなんかアイツらしいと机の上に置かれた千羽鶴を見てつくづくそう思った。
「林檎……剥いて。温めのハーブティー飲みたい。ミントのやつ」
「ウサギさんの形に?」
「馬鹿、剥けない癖に」
「なら頑張って剥くもん」
「怪我するから止めとけ。洗ってくれて適当に切ってくれたら食べるから」
林檎1つまともに剥けない癖にウサギさんとか言う所はやっぱりどこか抜けてる。
頑張るからとか言って……でもそんな所も健気で可愛い。
お茶を飲みながら不恰好な形に切ってくれた林檎を食べていたが、隣で座っていた恋人からいつも香ってくるバニラや甘い果実の香りがしないのに今気が付いた。
「そう言えばさ、今日は香水付けてないの?」
「だって匂いとか病気の人にとっては辛いでしょ?だから一回家に帰ってシャワー浴びてから来たの。本当は綺麗なお花とかも持って行きたかったんだけど……ごめんね」
ごめんねじゃねえよ。
何なんだよ?この気遣い。
ますます好きになるじゃないか。
その細い身体を抱き締めてキスをしてやりたかったが、生憎今の俺にそんな力は無かった。
その代わりと言う訳では無かったが、甘えん坊のようにある事もねだってみる。
「なぁ、今日はさ」
「ん?」
「泊まってってよ」
「1人だとやっぱり寂しい?そうだよね」
子供のように頭を撫でられながら苦笑された。
「っ!そんなんじゃない」
「なら寝ないで看病するから泊まってく」
「寝ろ」
翌朝は昨日に比べたら随分と身体が軽くなっていて、改めて健康の有り難さを分からせてくれた。
言葉通り、奴は寝ないで看病してたらしい。
さすがに疲れたのか、毛布にくるまってベッドの傍らの床に座り居眠りをしてる姿が目に飛び込んできた。
俺の手を握ったまま。
その時、中等熱が高熱に変化しそうな位に俺の心の中の体温が火照るように上がったのは内緒。
もう少しだけこの綺麗な顔を見ていたかったから。
散文(批評随筆小説等)
中等熱
Copyright
くみ
2013-12-21 23:41:35