悠久かくれんぼ
ゴースト(無月野青馬)

みんなと
居た頃のことを思い返すと
悠久の遊びが思い出される
「僕達」は悠久の遊びをしていた
そこに介在していたのは
見えざる手だったのかも知れない


「僕達」は
人間とは
欲望をシェアしながら
溢れ返りそうになる程に尽きることのない欲望を誤魔化しながら
ゲームを愉しむ生き物であるのだと
コロシアムの歴史と背景を根拠に
学ばされていた


勝利には届かないことに気付くこともなく
手を伸ばすだけの愚か者達が無尽蔵に生み出されていて
幾つの月曜日を血の色に塗り替えてきたか
それは
夥しい数になるだろうと
映像も観せられ
学んでいた


(「僕達」の星の)<血の月曜日>の蓄積の映像を観た時
その時に
「僕」には
悪魔のサウンドが聴こえた
悪魔の奏でた音楽は
サウンド・オブ・サイレンスと呼べる程に
静かに浸透するものだった
それは
試聴を繰り返せば必ず精神を崩壊させるだろう囁きだった筈なのだ


けれど
学びと同時に
悠久の遊びを愉しんでいたその頃の「僕達」は
悪魔の音楽など全く気にしないで
(全く気にならなくて)
遊びに興じていた
遊びに興じることが出来ていた
「僕達」には見えざる手の遮蔽が及んでいたのかも知れない


例えば「僕達」は
4匹の蟻に強いた下等競争を愉しんでいた
どの蟻が生き残るのか賭けをして
賭けが外れると
生き残った蟻も含めて
1匹残らず押し潰していた


当時の
「僕達」の最大の遊びは
“かくれんぼ”だった
「僕達」は
隠れ切ることを目指していた
“かくれんぼ”で3回隠れ切ることが出来ると特典があったからだ
それは夢のような特典で
“透明人間になれる権利”だった
ちゃんとした先例があって
三年前にケインが“透明人間になった”


「僕達」はみんな
ケインみたいに
“透明人間”になりたかった
それはとても愉しいことだと学んでいたから
それは<人類の夢>の1つだと学んでいたから
「僕達」はみんな
<人類の夢>の1つを叶えられる幸運に憧れていた


ボビーとディンガルノは
「僕達」の大切な友達だった
ボビーとディンガルノはあと1回隠れ切れたら
“透明人間になれる権利”を手に出来る位置にいた
「僕達」はみんな
ボビーとディンガルノの特別な仲の良さを知っていたから
誰も妨害しようなんて思わなかった
むしろみんな
ボビーとディンガルノのことを応援していた
「僕」も応援していた


そして遂に
ボビーが
ディンガルノよりも先に3回目のノルマを達成した日
喜ばしい日
喜ばしい日になる筈だったこの日
この日から
ディンガルノの不幸が始まったのだった
(そのことに「僕」は一人きりになった後に気が付いた)
ボビーは先に行く時に
ディンガルノに「待っているよ」と声を掛けていた
「僕」は確かにボビーがそう言っていたのを聞いている
二日後
ディンガルノが3回目のノルマを達成した
ディンガルノは満面の笑みを浮かべて
「僕達」に丁寧な挨拶をして
出て行った
「僕達」はみんな喜んだ
(この頃が「僕達」の仲が一番良かった頃だったと今にして思う)


「僕達」の先輩のケインは
“透明人間になってから”
どうしているのか
「僕達」は知らなかった
“透明人間になった筈の”ボビーも
その後どうしているのか
「僕達」は知らなかった
けれど
きっと
愉しいことばかりを体験しているに違いないと
「僕達」は語り合っていた
ディンガルノも
ボビーと再会して
ボビーと愉しい体験をしているに違いないと
「僕達」は語り合っていた


けれど
ある日
「僕達」の元に
何の前触れもなく
ディンガルノが帰って来た
ディンガルノが一人で帰って来た
「僕達」は
信じられなくて
初めはディンガルノの偽者なんじゃないかと疑った
疑って色々ディンガルノに質問攻めをした
けれど
帰って来たディンガルノは
「僕達」しか知らない筈のディンガルノの秘密と過去を尽く言い当てた
言い当てたものだから
「僕達」は協議して
目の前の、帰って来たディンガルノを
ディンガルノ本人だと認めた


帰って来たディンガルノは
けれど「僕達」の知るディンガルノとは
何処かが違っているように感じられた
何故なら
生気の抜けた顔が
血の気の失せた瞳が、唇が、ボサボサの髪が
痩せ細った身体が
天真爛漫で元気だけが取り柄だった「僕達」の記憶の中のディンガルノと
あまりにもかけ離れていたから


そして何よりも
ボビーの不在が
あのボビーとの仲が失われてしまっている様子が
ディンガルノを別人のように錯覚させるのだった


けれど
意思をある程度共有していた「僕達」は
ディンガルノに表立って
ボビーとの間に何があったのか
そして
そもそも
“透明人間になった後”に何があったのかといった
核心を突く質問は出来ずにいた


しばらく
ディンガルノと「僕達」は無言のまま
立ち竦んでいた
時刻は
1日の内に3回行われる“かくれんぼ”の3回目が始まる時刻をとっくに越えていた
「僕達」は不思議に思っていた
いつもなら
必ず3回の“かくれんぼ”は行われていたから
何故始まらないのか
何故何のアナウンスも無いのか
不思議に思っていた


時刻が
過ぎれば過ぎる程
不思議から不安へと
「僕達」の心境は変化していった
ディンガルノは無言のままだった
何のアナウンスも無いことに
業を煮やした「僕」は
ここで独自の判断を下していた
みんなに声を掛けて言った
「様子を見て来る」と言った
そして
「この場所から一人も離れないように」と念を押した


みんなに言ってから
「僕」は
内部の調査を開始した
主要施設のある中央部を虱潰しに調べた
そこには
信じられない光景が広がっていた
人が一人も居なかったのだ
何の書き置きも無く、争った跡も無く、ただ、人だけが消え去っていたのだ
中央部を調べた後に
補助的な施設も調べたけれど
人は誰も居なかった


「僕」は
現状を信じられないまま
呆然としたまま
みんなの所へ戻った
みんなの居る場所へ戻って
みんなに報告しようと思って
入り口を入った
しかし
みんなの所に戻ったと思って
入り口を入った直後に
「僕」は知ることになった
それは恐ろしいことだった


みんなが消え去っていた
ディンガルノも
消え去っていた
何のメッセージも無く、争った跡も無く
消え去っていた
「僕」は
何もかもが信じられなくて
現状を受け入れられなくて
固まった
死後硬直したかのように固まってしまった
涙すら出なかった


どれくらい経ってからだっただろうか
僕は
あらゆる施設を調べ上げて
あらゆる配管の奥まで調べ上げた
けれど
誰一人居なかった


「僕」には分からなかった
「僕」だけが置き去りにされたのか
みんなが何かに巻き込まれたのか
幾ら考えても分からなかった


みんなは“透明人間になってしまった”のだろうか
施設に居た「僕」以外の全員が“透明人間になってしまった”のだろうか
そして
今頃
極上の愉しみを味わっているのだろうか
何も分からなかった


「僕」は
ひと月は
施設に残って
検証を繰り返していた
けれど
幾ら考えても答えが出ないままだった
答えが出ないままだったので
「僕」は
“外”へ行くことを決めた
ケインが、ボビーが、ディンガルノが、みんなが出て行ったであろう
“外”へ
「僕」は出てみるしかなくなった


「僕」が
“外”へ出る決意をした時
不思議なことが起こった
誰も居ない筈の施設の中に
微かに笑い声が反響したような気がしたのだ
「僕」は身構えた
一人きりになってから
恐怖を感じることが増えていた


微かな笑い声は幻聴かも知れなかった
だが、事態は変化した
恐がる「僕」を
更に恐怖に追い討ちを掛けるように
昔聴いた囁きに似た
サウンド・オブ・サイレンスらしき音が
これははっきりと聴こえたのだ
昔聴いた
悪魔のサウンド・オブ・サイレンスだと
この音楽には気を付けなければならないと
「僕」は
この時に、一人きりになってから聴いたこの時に
初めて気付いた
そして
みんなから離れて
初めて
悪魔に恐怖を感じた
悪魔の奏でるサウンドに
心の底からの恐怖を感じたのだった


そして
「僕」は
この恐怖を感じた時に
悟っていた
「僕」は
置き去りにされたのだと
はっきりと
悟っていた
そして
「僕」の見た悪魔の正体が分かった気がした
彼はボビーだったのだ
そしてボビーから逃げるように
ディンガルノは、みんなを引き連れて行ったのだと気付いたのだ
そして
ボビーの背後には
ケインが居ることも分かってきていた
抗争が
生まれていたことに
気付いたのだ





自由詩 悠久かくれんぼ Copyright ゴースト(無月野青馬) 2013-10-23 22:07:07
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