ロックシティ・オブ・ザ・デッド
ゴースト(無月野青馬)

いつかの
藍色の夕暮れ時の
郊外の
「青年」の
魔窟への憧れの発露
どうやら
「青年」は
“アンダーテイカー”の入場曲(「ザ・グリム・リーパー」「レスト・イン・ピース」「ダーク・サイド」)と
「マスター・オブ・パペッツ」を
ヘビーローテーションしているらしかった
ヘッドフォンから激しく
音漏れがしていた


「青年」との対話
それは
「私」が
初めて
「マスター・オブ・パペッツ」を聴いた瞬間に
“アンダーテイカー”を観た瞬間に
似ていたのかもしれない


「青年」は
夕暮れの町の公園に一人
異物のように居て
行き場のない、やり場のない、鬱屈を
必死で昇華しようとしているように見えた
ベンチに一人うずくまって
曲を聴いて
必死に
痛みを和らげようとしていた


「私」は
自分が
名も無き
有象無象の一人でしかないと認識することは
やはり苦しいことなのかと
(「私」には苦痛ではなくなっていたことなので)
少し驚きながら
この時点では苦しんでいた「青年」の
世界との格闘を見守っていた


「私」は
「青年」を見ながら思っていた
そんなことに悩むよりも
人形使いに
良いように
操られてしまうことこそが
苦しみではないのかと
「私」は
「彼」に
そのことを教えたくてウズウズしていた


人形使いは常に
獲物を探している
街から町へ
村から村へ
如何に辺鄙な所だろうと
確実にマーキングされている
あの人形使いには
およそ
死角というものが存在しないらしかった


蜘蛛の糸の罠のように
張り巡らされた監視網
気付かれてしまったら
誰だってお仕舞いだった
獰猛な肉食獣の顔は
ギリギリまで隠して
どんな相手にも近付き
柔和な声を出し
獲物を捕らえるのだ
甘いフェロモンを嗅がせて
「安らかに眠れ」と言うのだ


人形使いとの接近戦は
「私」が(「彼」が)
初めて
「マスター・オブ・パペッツ」を聴いた瞬間に
“アンダーテイカー”を観た瞬間に
本当に似ているかもしれない
強く取り憑かれてしまうのだ
どんな相手でも沈める
“アンダーテイカー”のツームストンパイルドライバーのように
人形使いは対面した相手を完璧に籠絡し沈めていく


魔窟へ憧れる「青年」を
いつか見た
藍色の夕暮れ時
「私」は
「青年」を失望させた郊外の
余りの停滞振りに驚かされていた
取り残されたくないという
「青年」の気持ちが
痛い程良く分かって
だからこそ
何よりも
「マスター・オブ・パペッツ」の呪縛から
“アンダーテイカー”の幻影から
解放してあげたくなって
人形使いの技を打ち消すくらいの
正の刺激を「青年」に与えようとして
「ユー・ギブ・ラブ・ア・バッド・ネイム」を
聴かせた
けれど
けれど
遅かった


この時期
「彼」は
既に
夜な夜な霊園を彷徨い
歩き廻っていた
藍より青くなる為に
青より蒼くなる為に
霊園を彷徨い歩いていたのだ
(地下からは“アンダーテイカー”の入場曲「ザ・グリム・リーパー」「レスト・イン・ピース」「ダーク・サイド」が繰り返し薄く流れていたような気がした)
墓荒らしのように
「彼」は
枯れ葉を蹴散らし
「私」を振り解き
ひたすら自分の理想郷を目指してしまっていたのだ


あらゆる種類の抑圧から解放されたかのような「青年」
次は
あらゆる種類の圧力の改変を希求しているように思えた
「私」は
「青年」の暴走を止められなかったことに
多少なりとも責任を感じていて
思い悩んでいた
袖振り合うのも多生の縁
此処で逢ったが三年目
「私」から
「彼」に対して
出来ること、してあげられることは
この際
思い残すことなくしてしまおうと
決意した
だから
どんな結末になっても
受け入れる用意をした
「私」は
「レット・イット・ビー」を聴かせようと思った
そして
もし
「私」の切り札である
「レット・イット・ビー」を聴かせても救えない場合には
最悪の幕切れも有り得るのだと覚悟した


「レット・イット・ビー」で救えないなら
一体何で救えると言うのだ
「レット・イット・ビー」で救えないなら
音楽の歴史には、蓄積には、一体どれだけの価値と効力があるのだ
どんな争いなら止めることが出来るのだ
どんな野望なら打ち砕くことが可能なのだと
「私」は
「青年」に敵対すると同時に
このような
ネガティブな疑問符とも
対戦しなければならなかった


だから
“教則本”に教えて貰いたかった
“名曲集”に導いて貰いたかった
どうすれば
「彼」の渇きを、飢えを、満たせるのか
どうすれば
「彼」の目を、人形使いの操り糸から解放してやれるのか
教えて貰いたかった


レッチリかオアシスか
クイーンかツェッペリンか
キーンかアッシュか
ナイン・インチ・ネイルズかドリーム・シアターか
それとも
ブラック・サバスなのか
ニルヴァーナなのか
教えて欲しい“鮎貝健”
教えて欲しい“伊藤政則”
教えて欲しい“渋谷陽一”
今直ぐにメッセージを流して欲しい
そうでないと
「彼」が
「マスター・オブ・パペッツ」に
“アンダーテイカー”の幻影に
完全に取り込まれて
二度と還って来られなくなってしまう気がして仕方がないから
もし
「私」の声無き声が
届いたなら
どうか教えて欲しい
本当の、命を救う程の名曲を
本物の名曲の息吹きというものを
幽鬼の集う霊園中に
吹き込んで欲しい
今直ぐに
イマジン・ドラゴンを喚んでくれてもいい





自由詩 ロックシティ・オブ・ザ・デッド Copyright ゴースト(無月野青馬) 2013-10-19 00:49:39
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