トムソーヤー卿
ゴースト(無月野青馬)

「夏の空気が
彼の似姿になって
見えるものよりも
見えないものを覗かせる


夏は
懐かしいことも
哀しいことも
それから
思い出したいことも
呼んで来てくれる


彼と見回った
当て所もない隠れ道
基地も
今ではもう無い
歪な近代建築の下


心は
変わっていないと
信じたい
夏は
変わっていないと
信じたい
街は
変わっていないと
信じたかったけれども
今は彼の
棲み家に似合うような
街ではない


僕の
ただ一つの自慢は
あの日見つけた
巻き貝を未だに持っていること
今でも、今だからこそ
大事に扱って
時々、思い出したい時に
耳に当てている


貝は
あの日の僕等の足音や
ずっと鳴り止まなかった蝉の声を
閉じ込めたまま
ちゃんと残してくれている
音だけはあの日のままだ


トムソーヤー
君のことをそう思っていた
トムソーヤー
心の中ではいつだってそう呼んでいた
1日も忘れたことはない
1回も忘れたことはない
だから
もう一度、会いたい


変わり果てた僕を見て
変わり果てた街を見ておくれよ
そして
変わらないソプラノの声で、もう一度歌っておくれ
この世の何処にも無い唄を
君の頭の中にだけ在る唄を


あの日のことは
永遠の名画のように
僕の心に飾られ続けている
永遠に消えない炎を見つけたようで
永久の死を見つけたようでもあって
僕の心は不安定だ
トムソーヤー、君が
去って行ってから
僕の心は不安定だ
トムソーヤー、気味悪がらないでおくれ
あの日見つけた巻き貝を
僕は右手に移植したい
トムソーヤー、君の麗しい声帯を
僕は完全無欠のままホルマリン漬けにしてみたいと思ってしまっているんだ」


白髪、禿頭、タキシード、シルクハットに縁なし眼鏡の
トムソーヤー卿
今日の立食パーティーでも不機嫌なようだ
時折、懐中から何かを取り出しては
耳元に近付けている
その時だけは
召使いも離れている
その時だけ
何故かトムソーヤー卿の放つ禍々しきオーラが薄らいでいるように感じられた
この瞬間になら
どんな間抜けにでも暗殺してしまえそうだった
そんな不思議な光景を目撃したパーティーからしばらくの間
私は、トムソーヤー卿のこの特別な習性を考察してみた
けれど
実はトムソーヤー卿は
本当に
今、殺してくれ
今、死にたいと思っていたのかも知れないという結論に思い至ってしまって
唖然としつつ困惑した
けれども
驚きと同時に私は
トムソーヤー卿の中に失われていない少年性を感じて
微かにだが喜んだ
人は完全なる悪人にはなれないのだと思えて
とても安心していたのだ
ただ、それも
今ではもう
懐かしい
夏の思い出話に
なってしまっているのだけれど





自由詩 トムソーヤー卿 Copyright ゴースト(無月野青馬) 2013-06-10 20:03:36
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