Ex2*飛ぶ、しずむ、飛ぶ、飛ぶ。
みけねこ

B*

DEAR 絹子

 ねえ、絹ちゃん。今日も学校にこなかったね、せっかくお揃いのセーターを買って、一緒に着て行こうねって言ってたのに、お揃いの服をひとりで着るってこと以上につまらないことなんてある?
 
 もう冬は過ぎたし、絹ちゃんが学校にこないなら、それはとてもさみしいことだよ。
 
 私、考えていたんだけど、私たち、思い出ばっかりで、二人での新しい経験が、どんどん少なくなっていくね、どうしてかな?
 今、こうして話している私と絹ちゃんの大切な記憶は、絹ちゃんも大事にしてくれてるかな?
 ごめんね、あんまり、考えないようにするよ、きみが笑ってくれていたらわたしはハッピーだし、それは関係ないことですよね。

 ああそうだ、蝶が飛んでいたのを見たよ、ピンク色でとても珍しい模様で、花びらみたいできれいだった!
 私にはつかまえられないから、教えたかったのに。一緒に見たかったのに。
 
 保健室にも、屋上にも、港にも、裏庭にも、日なたのテトラポットにも、 町にも、秘密の砂浜にも、どこにも、きみはいないね。どうして?

 声が聴こえないよ。世界は変わらずに動かないでいるのにきみがいないから、私はとても心配なんです。

 季節が都合良くきれいに四等分に定義されていることを、もしかしたら難しく思っているのかもしれないけど、それはあまり悩まなくったっていいし、春と夏の間とか、冬の空みたいに澄み渡った夏の星空とか言いたいときにどういうふうなのが正しいのかってわからないけど、春が春じゃなくなって、夏が夏じゃなくなっていく感覚を上手に言えなくっても、大丈夫、別にいいと思う。

 私が絹子を知らなかったときはもっと、いつだって難しかった。

 きみの瞳はいつも何かをじっと考えていて、深くて寂しくて、何にも似ていないから、だからけむりのように形を持たずに、蝶みたいに漂っている見えないものをつかまえることができるんだって思う。
 言葉はたくさん使いたくない。わかるよ、でも、きみが、もの言わずに私を見つめているから、私も何かを言おうとして、たくさんの言葉を使う。
 
 絹子の鋭い瞳。季節も、時の流れも疑っていて、けっして信じない。
 心に実体がなくて、何が滅びたっていいって気持ちで、哀しい棘を身体に抱えて、でもやわらかい鼓動を求めている。
 
 きみは私を理解し、私はきみを理解する。そう思っているよ、きみは、あらゆる本質を壊してみたくて、ピーターパンの影を追いかけている。
 
 その影はなに?その幻を信じているの?
 
 藍色のワイングラスと同じかたちの真夜中に、都会からまっさかさまに落下しているような絹ちゃんの声を抱きしめていた、あの一瞬を思い出しています、

 私は心配だよ。アーモンドは月のかけらで、淡い都会の中には二度と真昼が来ないって錯覚するって言ってたきみは、不安定で今すぐにもばらばらに砕けてしまいそうにもろい。

 だから、ひとりでいないで、何でも話して。でなければ、私は、泣いてしまうんだって、それほど悲しいんだって、言っているでしょう?
 私はひとりではいられないし、絹ちゃんとゆっくり歩いて、大人になっていきたいのだから。
 
 ね、それって、希望っていう気持ちだよ。きっとそう。またたく星が、きみには見えていないのかもしれない、でも、見上げて。
 
 一緒に空を見よう、私の知っていることはほんの少しだけど、きみに必要なことだったら、何でも教えるよ。
 
 そうだ、たとえば、もうすぐ台風がくるってこととか…。台風。覚えてる? 十三のとき。
 休校になったの知らなくって、二人だけで登校したよね。誰もいない教室で、ずっとゲームしてたの。風がごうごうと校舎を揺らして、商店街の看板は剥がれて、校長先生が大事にしてた裏門の桜の木もばらばらになっちゃったね。あたしたちはそれを眺めてた。でも、何もできなかったし、別に何かをしようとはしなかった。眺めていただけ。雨が憎しみをこめるように窓硝子を叩くのと、桜の枝が飛んでいくのと、職員室のコーヒーと煙草の匂いを。黒板も電灯もちょっとずつ何処か壊れてはじめて、遭難して海中に沈んだ海賊の船室のような小さな教室に閉じこもっていたね。真昼なのに、夜でも夜明けでも黄昏でもない、気味の悪い明るさだった。

 何して遊ぼう? って、私はきみを見つめて、きみはわたしを見つめた。それだけだよ。思い出さない。嵐がやむまで、わたしたちは匿われてた。
 何処から? 世界から? わたしたちがあのとき持っていた刹那の、憂愁みたいな危うい幻想から?
 
 大丈夫、もっと見て、私を探して。ほら、空はちゃんと青いから、どんな嵐がきても、何も壊さないに決まってる。私とあなたの身体の境界線の向こうには、眩いばかりの金木犀と、澄み渡った空がちゃんとあるよ、たぶん五億年後もね、だから、いつもの校庭でずっと待ってるね。

FROM, さとみ


散文(批評随筆小説等) Ex2*飛ぶ、しずむ、飛ぶ、飛ぶ。 Copyright みけねこ 2013-09-11 00:04:06
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