Ex1*街頭の明かりが光り輝く夜
みけねこ

A*

 絹ちゃん、おはよう。元気ですか? 覚えていますか? さとみです。
 今日もいい天気ですね。五月を過ぎて、すっかり初夏です。今年は梅雨入りが遅くて、風の強い日が続いているような気がします。制服も夏服になった。白い綿のセーラー服だよ。
 
 今年で卒業だから、最後のセーラー服かもしれないね。毎日空がきれいだね。
 この世界は祝福されています。そう感じる、だから、わたしも静かにまっすぐ、目にうつるものを信じることができるような、心地よい、晴れやかな気持ちです。

 最近、どうしてる? 大丈夫ですか? 心配事だらけのきみを、わたしは心配しています。

 ああ、きみにわたしの声が、いっつも聴こえていたらいいんだけど、ね、聴こえているかな?
 もし、声も、音も、何にも聴こえないでいたら、それは本当に残念で、わたしは泣いているかもしれない。

 空は青くて、なごやかで、遥かだ、砂浜の中でたたずんでいると、何もかもなくなってしまうことに気がつくから、もうひとりでいられない。だからこうして、きみに電話をしています。

 今、潮風の吹く小さな港町にいます。わたしときみはそこで生まれて、ぼやぼやした海の光を眺めながら育った。海の反対側は丘で、目をこらすと、うっすら、山が見える。本当にうっすらで、晴れていないと見えないけどね。
 だから私もじっとして、こうして、世の中を感じてる。

 真昼の光源の眩しさに目を細めていると、まばたきのあとにはもう黄昏が過ぎて夜が来て、うとうとしていたら星空になってた。ああよかった、とてもきれい、星と月と潮騒と、暗闇は、いつでもきれいなんだから、安心していいよ。

 それから朝焼けのあとに食事をとりました。蜂蜜を水道水に混ぜた、なんだか嘘みたいな味のする飲み物をタンブラーに詰めておいたの。そう、これは何だって完璧じゃないって確認するに飲むんです。
 期待はずれな味に安心するって、ばかみたいかな? あ、風が強いよ、町はシェリーピンクの陽の色に染まっている。

 遠い国からまわってきた夜明けなんだね。しんみりして、いい気分だから詩でもつくろうよ。エリュアールみたいな、嘘と本当でできた透明な詩を考えよう。
 思いつきでいいと思う、別に落書きだってさ、だれがとがめると思う?だって、どうせ意味はないこと。
 大事なことを見つけてしまったあとでは、ね、何にだって意味をつけようとすると困ってしまうだけだよ。

 町は本当に静かだ。へんね、キーンとして耳がおかしい。
 受話器から何にも聴こえないでいる。絹ちゃん? 絹子? ああ、電波が途切れている。
 もしもし、圏外かな? いいえ、違う。コードが千切れているみたい。
 ボロボロの黒電話。いつ廃棄されていたの? 砂浜に…。あ、空が闇だ。
 ざ、ん、ね、ん、。全部ひとりごとだったようね。泣いてしまうよ。かわいそうなわたし、そしてかわいそうなきみを哀れんで、なんだか泣いてしまうよ。
 あんまりなことさせないで。
 
 丘の上の中学校から、乾いたチャイムの音がする。
 午前八時半の始業ベルだ。ああ、時間、もう行かなきゃ、行くね。じゃあ。また電話をします。
 絹ちゃん、本当の本当に、連絡待ってる。留守電でいいよ。さとみ。


散文(批評随筆小説等) Ex1*街頭の明かりが光り輝く夜 Copyright みけねこ 2013-09-10 23:20:28
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