狐火
オキ

 
 森の入口には、狐が腹這いになって寝そべっていた。
 私が森に入ると同時に、狐は見えなくなったが、行く
先々で、炎のようなものが、私の周辺を漂っていた。
 淡い狐色が、橙に染まっていったり、色褪せた狐色に
なったりした。
 こんなものを家に連れて帰るわけにはいかないから、
「狐よ、立ち去れ!」
 と叱りつけた。
 電車に乗っていると、周りの乗客がそわそわ落ち着き
なく、私の方を見るので、まだ狐がうろついているのか
もしれなかった。

 最寄の駅で電車を降りると、馴染みの酒場に入って、
いつもの樽酒と煮込みの他に、厚揚げを注文して、
「厚揚げは、狐色に焦げ目が入るくらいに焼いてくれ」
 と言った。
「へい」
 と主は返事したものの、おかしなことを言うお客だと、
ちらっとこちらを見た。その顔がどこか狐に似ていた。
 樽酒と煮込みが先に来て、酒をちびりちびりやってい
るところに、厚揚げが運ばれてきた。
「このくらいで勘弁してください。そう店長が言ってま
した」
 と若い女店員が言った。厚揚げには二箇所かすったよ
うな焼け痕がついているだけだった。
「いいよ」
 と私は煮え切らない返事をして、厚揚げの皿を引き寄
せると、
「これでもか!」
 とフォークをつき立てた。フォークが皿に届き、狐が
キィーッと鳴いた。
 これで勝負ありだ。
 私は一息ついて、本格的に酒を飲みはじめた。

                    おわり


散文(批評随筆小説等) 狐火 Copyright オキ 2013-02-13 19:49:45
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