葡萄
紅月

?.

夜をくだる木の小舟に乗って、
流され、産み落とされた河口の、
なめらかな汽水の均衡のなかで、
嬰児の不鮮明な母音が浮沈し、
灰色の歓声、と、
どこまでも平たい原野、

手を、握る/開く
ふたつあれば事欠かない、

いまだ胸元に突き刺さった祈りの
あわい曲線をなぞりつづける血は、
乾いたと言ってください、
魚に血が流れていないならば、
魚は血によって流されることもない、
という逆説的な論理が、
原野には敷き詰められている、
敷き詰められたいつわりは、
乳白色に化石し、
どこまでも平たい原野へ、
錯誤の手が翳されると、
しだいに湾曲していく、その、
陸/水のうえを木の小舟で渡り、
産み落とされていく胎児は、
嬰児と呼ばれるようになって、
母音を持った、

夜をくだりながら、
母音を持たない胎児は、
木の小舟に乗って、
風化の及ばない文脈にいる、

いまだ昏睡する少女の、
鰓が開閉するrhythm



?.

原野を駆ける獣たちは、
みな白く、やがて、
屈葬されるのだから、
触れてはならないよ、
しだいに湾曲していく原野の、
あちらこちらに、
四肢の折れ曲がった
白い獣の死体が見える、
象ることをやめてなお、
一切の翳りも見えないその、
白い毛皮と肉塊のあちこちから、
琥珀色の体液が流れ出ているのを、
小舟のうえから胎児は認めた、
琥珀色の血溜まりに、
あわい月が咲き、そこへ、
夥しい数の卵を産みつける魚、
泡がくるくると浮沈する、
白い獣が濁った眼でそれを見ている、

卵は水面を覆い、
まるで魚の鱗のようだった、
卵の鱗を持つ魚が、
さらにそこへ
卵を産みつけるのだろう、
しだいに
窮屈になっていく
血溜まりの、
あちらこちらに、
四肢の折れ曲がった
卵が見える、と、
比喩して、
それが屈葬なんだよ、
乾いた血がなお乾くまで、



?.

少女は、
架空の傷をつくり、
架空の血を流した、
魚が、泳ぐ、波間に、
咲く、月を、
乱す、少女の、
尾鰭からぽろぽろと
子音が零れては、
水底に沈んでいく、
水面/原野を、白い獣が
駆けていく、四足は
どこまでも平たい、
平たい祈りは、
しだいに湾曲し、
そのうえを往く小舟は、
多くを載せられないから、
といって、
胎児たちは、胎児たちを、
小舟から突き落としては、
残った胎児も、
窮屈だから、
といって、
四肢を折り曲げ、
屈葬のかたちをする、
そして、折り重なった、
胎児たちの死体が、
夜をくだって、
河口から産み落とされていく、
産み落とされていく、
灰色の歓声、の、
暗い、深まりから、
手を引かれたrhythmが、
浮沈する、
浮沈する獣たちの、
濁った眼、
響く、あおい玉音の骨。
 
 
 


自由詩 葡萄 Copyright 紅月 2013-01-14 04:02:46
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