matria
紅月

あやまちなどひとつもなく、
おそろしい精度で
どこまでも正しく列べられた
タイル、いちめんに咲く文脈と、
そこへかたくなに交わりつづける
いくつかの脊椎が灯火する街は、
放射のみどりにあおられながら、
より大きなまちのなかに遍在する、
正しく遍在する、


(母の骨格を、
(抱きかねる、語り手、
(を、抱きかねる、かたりて、


雲ひとつない快晴、
海底から見上げる水際を
鳥の影絵が旋回している、
風、波の幻視のさなかへ
祈るように目を閉じたまま、
次々に身を投げる
鳥ではないとりたちの列、(分岐図、


がらんどうの記号たちの
比喩、あるいは胎盤のなかで、
がらんどうのきごうたちが
豪雨しているのが、
わかる、明るい空へと
私は腕を伸ばす、
濡れた音が鳴る、途端に、
腕が縦に裂ける、
(噴き出す青い血液、)
凍えるような豪雨のなかで、
あたたかい、すなわち、
温度のない血は、
うそぶく祈りに触れ
しだいに日本語されていくから、
ちの飛沫もまた豪雨する、
おとが鳴る、私は裂けた腕を
伸ばす、(いらない、)
おとが鳴る、途端に、
うでがさらに細かく裂ける、
(信仰が流血するのを留めることができない、)
裂けたうでを持つわたしはもはや記号だった、
記号はきごうだった、(いらない、)
切り分けられていく
影絵には体温がない、
ただ凍えている、
凍えてすらいない、


(まどろみのなかで、)


乱立する白い建物のひとつに
母は眠っている、酩酊の、
母は抱かれている、
より大きなははの遺言に抱かれている、
陽がおちることのない窓辺の
ひどく鮮明な母の黎明のうえで
風にもてあそばれる薄いカーテンが
昏睡と覚醒の波を繰り返し描いている、
(わたしはそれを観ている、)
延々と、
他殺に晒される母の隣に、
遂げられない自殺が積もっていく、
水気を失って干からびた、
からからに乾いた記号たちが、
私が、わたしのうでが、
母の細い首を絞めている、
(わたしはそれを観ている、)
彼女の病理は、
より大きな病理に蝕まれつづける、


晴れわたる空、
音叉の産声、浸水、
声ではないこえ、が
仄暗い臓器に残響している、
塹壕している、
(の、)


誤った日本語をすり抜ける
誤った対話だけをここに留めて、


白いとり、 黒いとり、
(あらゆるとり、)
散乱する寓話たちの
産卵、に、灯が点って、
鬼火と呼ばれるようになったら
やがてそれらは数列するのですか、


散華の花弁の中心から溢れだす、
黒蝶の片翅はみな壊死しているから、
まばゆい快晴のしたには異形ばかり、
影絵、奇形の影絵は繁茂して
腕のないわたしはどこまでも正常だった、
(ゆるされるということ、
その斥力の彼岸へと伸ばした
わたしのうでは縦に裂ける、


割り算は数字が可哀想だから、
といって、ただ、
ただ掛けあわせていくわたしも、
割られる、割れる刹那の
便宜的な数字でしかない、(いらない、)
延々、わたしを
わたしで割りつづける母、母の
過失がこの身体をすり抜けて、
軽い金属の落ちる音が
何度も私の身体に触れた、
わたしのからだに触れた、
雲ひとつない快晴のしたで
タイルの秩序を繕う腕が
さまよって、
累加する
幾千もの無精卵から
孵るひなどりには嘴がない、
交わりもないまま、
奇形の影絵たちは
文脈の勾配に沿って
日本語の墓場へと巣立ち、
やがて、ここには
うつくしさへと復讐を
つづける卵の殻だけが留まる、
(それら破片を、
(繋ぎあわせ、
(元のかたちに
(戻そうとする私は、
(母と同じように、
(かげをかげの係数で割りつづける、


割りつづける、


(とりは鳥の訃報をたかく歌い、
音もなく歌われたうたが
ぱらぱらと結晶し、そそぐ、
豪雨、
の中心で、
あやまちは、
誤った形式を通過しながら、
影絵で遊ぶわたしの
青い血液を焚書していく、)


つぎはぎの神話は、
病室であわく灯りながら
しだいに暮れていく波紋の中心で
いつまでも小刻みに震えつづける母の
わずかな呼吸さえ止めてくれない、
言葉を失って久しい母の
よごれた利き腕が
さらさらと赤い砂になって
窓辺からの風にさらわれていく、
青い血液の枝が渦を巻く、
罪はゆるすことも、
ゆるされないこともなく、
ただ窓辺から空の水際へと
さかしまに投身自殺を繰り返す、
繰り返す影色のとりの、
はねが、さらさらと赤いすなに
なって、かげはかげを
映せないから、といって、
さかしまにとうしんじさつを
する、めいし(たち)が、
絶えるから、絶えてから、
それでも、変わりはない、
といって、ははの細い首に、
ゆびを絡める、はくちゅうに、
ははの、となりに、
今更、立ち尽くしている私の、
私の身体は赤い砂にかわる、
わたしのからだは赤いすなにかわる、
(凪いだはずのかぜにさらわれ、)
ははのはな、(留めて、)
ははのはね、(留めて、)
ははのはは、(留めて、)
物語性は、
血を吐いて横たわっている、
乱立する白い建物のひとつで、
(あちこちで、)
ひのてがあがる、
つめたく燃えるみなそこ、
うでを伸ばす、
おとが鳴る、(途端に、)


ただひとつの自殺は
既に遂げられていたのだと
気づく、陽が、
暮れることのない窓辺で、
私の、母に似た、
ははの、
瞳の、深淵の、
水のなかで泳ぐ
日本語たち、


黎明の背中が
裂けては産声が響き、
またひとつ、またひとつ、
手折っていく、水際から、
ぱらぱらと赤い砂がおちて、
しだいに、罅割れた
タイルの街に積もっていく、


(影絵はより大きな影絵の逆光へと呑まれ、
記号はより大きな記号の失語の前に無力だった、
だった、と、こうして、
語りはじめたきごうが、
ぱらぱらと空から降る、
降ってくる、豪雨する、
そのさなかで、夜を待つ、
待つ私の、青い血の飛沫、
ひらがなが洪水する、
洪水する、母が、
翳した、利き腕から、
ひらがなが洪水する、
わたしの、
背中から、ひらがなが、
洪水する、まるで、
とりのはねみたいに、
すみずみまでゆきとどいて、
母が、母する、母に、
かしずく、鳥の生身だけが、
赤い血を流している、
ちを、流す、という祝日に、
かしずく、わたしの生身が、
あたりには散乱している、
産卵している、)


昏睡と覚醒の波を描くようにして
凪いだ風にまどうカーテンの
はざまから片翅の黒蝶があらわれ、
ははのはなに留まる、
ははのはねに留まる、
吐血する、
ははの口からは、
青い液体が垂れている、
音もなく黒蝶はそれを吸う、
ははの、ははの、ははの、ははは、
街の正しさを水で充たしていくから、
乾いてしまったははの身体は、
水から逃れるようにして、
みずから空の深淵へと
さかさまに投身していく、
落ちていく、
(わたしはそれを観ている、)
よく晴れた日、(豪雨、)
水面にぷかぷかと浮きあがるははの、
とりの、平たいからだ、(影絵、)
それを底からわたしは見上げ、
また、しだいに浮かび上がっていくわたしの、
ははの、とりの、平たいからだを、
こどもたちが底から見上げている、
(それはわたし、)(あなた、)
(ひらがなが旋回している、)
(流転している、)
鳴りやまない雨音が、
ゆるやかに肥大して、
タイルを打つ、たびに、
あざやかな喧騒を取り戻していく
眩暈のさなか、
母が投げこまれた空、
異形を拒まなかった空の、
正しさ、は、乱れ、
しゅんかん、拡がる、
うつくしい、と、
形容できる、波紋、
音叉の、図形が、
拡がる、空の、枯れ枝を、
見上げ、
呆然と、
意味もなく、
その意図もなく、
鳴く、響く、
がらんどうの、
タイルのまちの、
元の高さに、
戻っていく、
正しさへと、
浮かびあがって、


 


自由詩 matria Copyright 紅月 2012-12-25 20:50:39
notebook Home 戻る  過去 未来