祝福
紅月
小夜のしじまのなかに横たわる
あおい亡霊の指から波は生まれ
響いてゆくうねりと水平のほとりに
たくさんの林檎の樹が連なっている
垂れさがる果実に口づけをする紙魚
もうなにもいわなくていい
お前は燃えてなどいないのだから
(ここにはいないのだから)
霊安室は狭まりと
拡散のつめたい痙攣を繰りかえし
かたくなに眠りつづける亡霊のかたわらで
紙魚が流していくあかい果汁は
水平のまどろみのさなかへ飛びこみ
新たな波紋をうみひろげるのだろう
亡霊は亡霊のため
鏡面のうえに舟を浮かべ
亡霊は亡霊をはこぶ
(お前は燃えてなどいないのだから)
その光景をのぞむほとりの
林檎の樹の枝は複雑に分化し
進化のいただきに眠るあかい果実は
おだやかな波間の霊安室に灯される
蝋燭の火のようにただひとつあかるい
*
抜け落ちたしろい尾羽根
凍結した路肩に散乱する枯葉
罅割れた獣骨を拾いあつめて
小夜の空へ投げる(湿った、)
罅割れたタイル(冬のアルタイル、)
亀裂から漏れる乾いた羽根が
かがんだ水面の静寂に点る
ささやくような産声が山々を濡らし
そのあたたかさへと差しのべられた恍惚の腕の
指先のひとつひとつが腕となって
指先のひとつひとつが腕となって
どこまでも分化してゆくそれはやがて
ほとりに立ち尽くす林檎の樹氷
(お前は燃えてなどいないのだから)
波のみぎわには誰もいない
誰もいないことを告げる誰もが
亡霊と呼ばれ透き通ってゆく
乱立する樹氷、
*
亡霊が亡霊をはこぶ
ほとりの葬列のさなかで
母が波間へと投げいれたあおい彼岸花は
狭い霊安室のなかで狭まり
または拡散しいつまでも反響する
もうなにもいわなくていい
ながく滴る小夜の白昼に
投げこまれたあおい波がうねり
いただきの恍惚を食らう紙魚の
垂れながすあかい果汁がうねり
あわいの紫雲に隠蔽されるようにして
ふかく眠りつづける亡霊の系譜(林檎の樹)
ここにはいないのだから
充ちてゆく腕
小舟を葉脈に浮かべる
枝分かれする林檎の樹々を指折り数えては
幹に記された御名を呑む紙魚から
漏れる末梢のしじまをたどって
葬列に新たな亡霊がくわわる
母のながいまどろみの底で
まどろみの底で
自由詩
祝福
Copyright
紅月
2012-10-18 07:26:02