祝福
紅月

小夜のしじまのなかに横たわる
あおい亡霊の指から波は生まれ
響いてゆくうねりと水平のほとりに
たくさんの林檎の樹が連なっている
垂れさがる果実に口づけをする紙魚
もうなにもいわなくていい
お前は燃えてなどいないのだから
(ここにはいないのだから)
霊安室は狭まりと
拡散のつめたい痙攣を繰りかえし
かたくなに眠りつづける亡霊のかたわらで
紙魚が流していくあかい果汁は
水平のまどろみのさなかへ飛びこみ
新たな波紋をうみひろげるのだろう
亡霊は亡霊のため
鏡面のうえに舟を浮かべ
亡霊は亡霊をはこぶ
(お前は燃えてなどいないのだから)
その光景をのぞむほとりの
林檎の樹の枝は複雑に分化し
進化のいただきに眠るあかい果実は
おだやかな波間の霊安室に灯される
蝋燭の火のようにただひとつあかるい





抜け落ちたしろい尾羽根
凍結した路肩に散乱する枯葉
罅割れた獣骨を拾いあつめて
小夜の空へ投げる(湿った、)
罅割れたタイル(冬のアルタイル、)
亀裂から漏れる乾いた羽根が
かがんだ水面の静寂に点る
ささやくような産声が山々を濡らし
そのあたたかさへと差しのべられた恍惚の腕の
指先のひとつひとつが腕となって
指先のひとつひとつが腕となって
どこまでも分化してゆくそれはやがて
ほとりに立ち尽くす林檎の樹氷
(お前は燃えてなどいないのだから)
波のみぎわには誰もいない
誰もいないことを告げる誰もが
亡霊と呼ばれ透き通ってゆく
乱立する樹氷、





亡霊が亡霊をはこぶ
ほとりの葬列のさなかで
母が波間へと投げいれたあおい彼岸花は
狭い霊安室のなかで狭まり
または拡散しいつまでも反響する
もうなにもいわなくていい
ながく滴る小夜の白昼に
投げこまれたあおい波がうねり
いただきの恍惚を食らう紙魚の
垂れながすあかい果汁がうねり
あわいの紫雲に隠蔽されるようにして
ふかく眠りつづける亡霊の系譜(林檎の樹)
ここにはいないのだから
充ちてゆく腕
小舟を葉脈に浮かべる
枝分かれする林檎の樹々を指折り数えては
幹に記された御名を呑む紙魚から
漏れる末梢のしじまをたどって
葬列に新たな亡霊がくわわる
母のながいまどろみの底で
まどろみの底で


自由詩 祝福 Copyright 紅月 2012-10-18 07:26:02
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