鉄塔
紅月

流された血に名を問わぬまま白骨だけを拾っていく野犬
あざとく遺されたあたたかい痕跡の数が
ひとつずつ増えていくたびこの街の領空を
春鳥が埋め尽くしてはそこに勝手に墓標をたてる
花ばなの刹那/街角でなにかに
つよく赦しを請う系統樹はやがてひとりでに発火し
永い軌跡の亀裂へと液体のながれは招かれていく
潤いのない裸体/ひとがたの四肢の分岐
ものを言わなくなった螺旋たちが赤い水面に
ぷかぷかと浮き沈みを繰り返しているのがみえる
すなわち水の領域にもいきたものは触れない
いきもののない街がそれでも街たらんとするさなか
仄白く発光する繭にくるまれた婚姻がうたをうたう
その声だけがからからと反響していた
あおい戸籍の改行のはざま


妊婦もいない空白から
間違ってうまれてきた四本指の奇形児たちが
あふれだしたそばから吐血して死ぬ
彼らの遺骸にくちづけては(ことづけをして)
熱に浮かされたようなまどろみのなかで
幻視におぼれる孤児は風にあそび
流れる川の構造を知った六日目の朝には
事後の鈍痛のさいわいだけがつのった


鏡面を音もなく春の水鳥は裂いて
そのあわいに逃げ隠れていくから
遺された話者の血の流れだけが
からの窓辺にくるくると残響しつづける
墓に刻まれた名は異語でえがかれていたから
骨だけを看取ることすらできない
あやまちの帰結がここならば
ひとりだけが正しいこの街もやがて
あおい炎のなかに閉ざされるから
それまで
赦すわけにはいかない
(赦しを請う系統樹)
行方の知れない血が乾ききったあと
捨て置かれた骨を煤に汚れた野犬が咥え
あたらしい墓穴に横たえてから
あたたかい土がかけられたときようやく
ひとすじの婚姻の繭のなかで
肉塊がふるふると動きはじめるのだろう

 


自由詩 鉄塔 Copyright 紅月 2012-10-12 06:55:32
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