花売り
紅月

ギムナジウムの罅割れた唇を
なぞる人差し指は青い血にまみれて
この細い裏路地の影のなかでわたしたちはやがて
交わさぬことの愛撫を識り零れていくのだろう
返される砂時計が凍えた額のうえに置かれ
凪いだ瞳からは大量の小砂が溢れてくる


わたしたちはかつて学徒とよばれ
お互いに名前で呼びあうことをしなかった
ひややかな小川が森を横切り
そのどこまでも張りつめた水には
信仰をはこぶ純白の子羊だけが
しずかにくちづけて渇きをいやす
獣のあかく濡れた舌はそのまま流れをくだり
臍のあたりで渦を巻きながら、
(窪みから伸ばされたひかる尾が
幾重にも他の尾と絡みあっては
青空へと放たれていくのがみえる
街を徘徊するはじまりの器官が
その熱だけをあけわたして
誰の名も埋葬されたあとに
遊びだした指だけが先行するから、)


献身をゆるすならば
ゲシュペンストの麓におりて
誰もいなくなった真夜中の歩道橋で
名も知らぬあなたはうたをうたってください
幾重にも波打つ神話は弧を描きながら
声のない閉ざされた公園の隅にある
「叡智」と名付けられたシーソーを大きく揺さぶって
その中心に立って動じぬ遠い母の
臀部は経血に濡れていた(青い、)


裏路地の排水に浮かぶ廃油
涌きあがる昆虫たちには骨がない
着飾った裸体でたかく神の名を呼べども
方舟に招かれることはなく(空には、
緒が走っているのがみえる、がんじがらめで)
強烈な逆光に彫りこまれた影のなか
醜く罵りあった、紫痣だらけの
砂が尽きたらまたしずかに時計を返して
はじまりの帰路のうえに溜まった細やかな砂が
真冬の額をどこまでも汚しながら
ギムナジウムの瞳の凪いだ深淵の底
あざやかに宿る白昼へいつまでも残響している




自由詩 花売り Copyright 紅月 2012-10-10 02:59:53
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