あんな思い出のせいだろう
飯沼ふるい


梨の花に囲まれて延びる
二車線の県道を通って
家に帰った
その時に好んで聴いていたのは
Eaglesの
hotel Californiaだった

一日をじんわりと焼いて終った夕陽が
吾妻連峰へ沈んでいく
その穏やかな没落を悼むような
ドン・ヘンリーの掠れ声は
今日という一日から取り残されたものたちが
朱に染まっていく寂しい時間に冴えて
切なく響いた





いつの間にか
活火山に抱かれた小さな町から離れて
地平線がどこまでも広がっていく
関東平野に住み着いた
ここ最近
ずっと頭痛が治らない
あぁ、これはきっと
あんな思い出のせいだろう
いつも雲のかかっていた山峰の代わりに
目の前に聳えるプラント群は
その形状を超えた物性を持たずに機能し続けている

あらゆる情緒を排斥する
ヒュームと油と猛々しい機械音とにまみれて
私というものを機能させ続ける一日
そうして次第に手足は化石になっていく


 (今
  浄土平へ向かう道すがら
  荒廃した黄土の大地のそこかしこから
  耐えることなく鼻をついてきた
  嫌みたらしい硫黄は
  脱硫装置で分解されている

  新しい生活という
  触媒に曝されて
  サルファー
  そのような名の無機的な物質として
  タンクの底に沈殿している)


そしてついには
梨の白い花弁や
ドン・ヘンリーの歌声や
夕陽を背にした吾妻小富士の暗い影が
原/油タンクの側
板に つ、突き刺さ

刺さ

っているのを
 見て
   しまう


 
“I had to find the passage back to the place I was before… ”



あぁ、これはきっと
「いつかあの頃」へ戻れないことへの
哀しさや焦燥に気付いてしまった
僕が見たまぼろし

法規やJIS規格に分化せられた
複雑系の世界で
居ないふりをしていたが
ついに耐えきれず表出した
本物の感傷 

  (頭のてっぺんの方がきりきり
    と、    
          痛い)

あぁ、これはきっとすべて
あんな思い出のせいだろう
あんな思い出のせいだろう


    

“We are programmed to receive.
  You can checkout any time you like,
  but you can never leave!”



自由詩 あんな思い出のせいだろう Copyright 飯沼ふるい 2012-09-11 23:39:36
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