一虚一実/遠心力
茶殻

無重力のなかで戦争してたら
私たちはいつまでも平和主義者なのにね
宣教師と風俗嬢のほほえましく赤裸々な話に耳を傾けて
恋人をつくる、という努力に必要な相応のエネルギーを
どう奮い立たせるのか 沸き立たせるのか
僕の子供の顔はいかがなものか
その子が男ならば兵隊に
その子が女ならば人の嫁に出せるように
育てるだけの親となりうる余力は残されているのか
湯気も失せた鴨そばの真っ黒な液面に溜め息がうつる

“あなたを 誰も 守らない”
何かのキャッチコピーだったか
近頃ひどく頭にこびりついて反響する文句に
僕は日に日にことばを失っていく強迫に揺らぐ
隣国がミサイルを撃ち
隣国のアイドルを眺める
白黒映画の隅を軽やかに歩く犬を眺める
点と点をつなぐように
父と母のそれぞれの息子としての役柄を至上とするならば
やがて父と母の死に寄り添って
僕は失われるべきなのか
僕は蜘蛛の糸を掴むだけの大根役者にすぎないのか

ああ
骨の裏にすむ熊よ
自由が踊るだろう
風になびくだろう
地球儀の無数の交点よ
幸福な私はそこにいない
父と母に充分な幸福をもたらすだけの
私じゃないんだよ
色とりどりのゴムボールが降り注ぐ
骨の裏で
熊よ
鮭がない 鮭がない と
うつ伏せていれば
色とりどりの雨は
あざとくも私の不幸を彩るだろう

代理戦争の号砲で人々は駆け出す
あてがわれたコーナーを
あてがわれた直線を
人々は走る
僕は一番内側を走る権利を逃して
それぞれの無邪気を受け止めるように
ただ私がそのレーンを踏み越えないように
そして内側を走る大切な人を受け止められる私を
維持するために
足枷を引き摺りながらコーナーを走る
あなたを支えるのではなく
あなたを保つ私を保つのだ
カウンセラーにでもなったら、と
職を失って間もない私に告げた彼女は
きっと
彼女以外の言葉を得られずにいた私の心に
気付いてはいなかったろう

ちっとも当たらない天気予報に眉を顰め
それ以上に何の足しにもならない一日分の占いを
白夜の地平線をぐるりとまわる太陽みたいにあがめて
革靴の爪先は波に濡れた
今しがた 君と僕は剥がれ
電球の内と外
スノードームの内と外
屋上のフェンスの内と外
月のようにそっぽを向いて
その背中を顔に見立てながら
9回裏、3つめのアウトをコールする
嘘と危険の何一つないところが
天国なんだ
だから
僕にはそれが見付からないんだ
命には値段がいずれつくだろう
僕の値段はきっとつけにくいだろう
そう信じてやまない
そう信じてやまない


自由詩 一虚一実/遠心力 Copyright 茶殻 2012-07-23 03:22:33
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