生きている
水瀬游

生前は
それは腕の立つ人であったそうだ
また 根っからの旅人であったという
世界を旅して
知らない土地で
知らないものを見るのが
彼の生きがいであったそうだ

今となっては
生前と言っていいだろう

足は鳥のように痩せて
腕もゴボウのようにやつれ
寝返りをうつことも叶わない
寝たきりの老人

だらしなく口を開き
機械によって
ただ無為に生かされるだけの余生
真っ白なベッドの上で
静かに終わりを待つだけの

そこに何の意義もなく
何かを考えることもできず
ただただ虚空を見つめている

かのような そんな姿

私は見た
かの瞳の奥に
瞳孔の奥深くに
洞穴のように深い深い闇の果てに
静かに燃え盛る青い炎を

その相貌には
かつての絢爛さなど微塵も感じられないが
その実未だ
いや 益々熱量を増す
意思の炎

再起
きっと彼は諦めていない
その足で再び歩き出すことを

狂ってなんかいないさ
自分がわからない訳でもない
それでも 諦める気にはなれないよ
まだまだ見ていないものは
山ほどあるんだからな

しわがれた声が
聞こえた気がした


自由詩 生きている Copyright 水瀬游 2012-03-21 04:06:30
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