何も起こっていないみたいに
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ぎゅっと
からだじゅうをにぎりしめてまるまった
てのひらのつめあと
ああ、と、
目を閉じて、夜
心臓の音の数でなにかとの距離を測り
火を吹き消すようにして忘れていく
見えたもの
見たくなかったもの
闇はわたしにも触れてくれるけれど
じきにいなくなってしまう



もし、もしも、
投げ出すことができるなら
喚き散らすことができるなら
すがりつくことができるなら
抱きしめることが
できるなら
できるなら

届かない星には手も伸ばさない
すっかり綺麗になった両目で
うつす このまっくらな世界のどこかに
まぼろしの朝
そんなこと
大人ならみんな知っていることでしょう



呼吸をする
吸って、吐いて、
冷たい空気でからだをふくらませて
暖かいためいきで指先をほどいて
いちど、死んで、
また、生まれる
熱が、いのちが、旅をする
朝が、ひかりが、暴き出す



ピンクネオンの正体を
炊きたてのごはんの湯気を
たばこの吸い殻が散らばる通りを
そのアーティスティックな寝癖を
鳴り止まない目覚まし時計を
化粧の取れかけた疲れた笑顔を
右側に残ったシーツの皺を
凍死した猫の子を
いつもの人と交わす小さな会釈を

頼りない、わたしの今日を

ましろな
明るい
残酷な
朝が、



呼吸をしよう
吸って、吐いて、
死んで、生きて、
生きて、
生きて、
ああ、ねえ、目を開けて

見えたもの
見たくなかったもの
闇はわたしにも優しくしてくれたけれど
じきにいなくなってしまう
そんなことは大人ならみんな知っている

涙で洗った両目で
うつす この世界はこんなにも不恰好で懸命で情けなくて美しい
まるで何も起こっていないみたいに
わたしの今日が始まる





自由詩 何も起こっていないみたいに Copyright ________ 2012-01-31 23:17:47
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